壊れたカメラが見ていた風景

 20年ほど前まで平日に会社に行くときにもビジネスバッグの中に常に入れて、一日に一枚以上は必ず写真を撮っていたカメラは、オリンパスXA→コンタックスT→フジフイルムティアラと故障とともに引き継いでいた。XAはシャッターボタンを押してなにやら小さな音はするもののシャッターが開かなくなった、Tはあるとき胸ポケットからコンクリートに落としてしまい巻き上げレバーのあたりが変形して巻き上げが出来なくなったのが致命傷だったがそれ以前からときどきXA同様にシャッターが切れなくなっていた。ティアラは最後までちゃんと動いていたが、コンパクトデジタルカメラが登場して画素数が300万画素を超えた頃から徐々に使用回数が減り、画素数が500万を越えたところでデジタルにバトンタッチした。2005年くらいから使わなくなり、以降、18年経って先日電池を入れてみたら、最初はとても苦しそうに、そのうちちゃんと動きだした。苦しそうに、と書いたのはこのカメラはレンズカバーに相当するカメラ前面のスライドドアのような部材を動かすと自動的にレンズが前に伸びてきて撮影準備が整うのだが、その伸びてくるときの音が苦しそうで、動きものろかったのだ。こういうのはたぶんどこかのグリスが堅くなっているに違いない。そして何度も動かしているうちに少しそれが馴染んでくるから正常に戻って来るのだろう。それで、18年振りにフイルムを入れて一本だけ撮って現像してみたら、下のような現像結果になっていた。これはもう明らかに露出の極端なオーバーで、それでもなんとなく像があることはあるのはフイルムの特性がこれだけオーバーでもぎりぎりコントラストに差をつけてくれているからで、これがデジタルだったらただの真っ白な写真になっていただろう。そんな下の写真にフォトショップコントラスト自動補正機能を使って、さらに彩度をちょと持ち上げ、明るい部分に盛大に色ノイズが乗っていて(これはスキャナーの特性)それを消すためにトーンカーヴで明るい側も持ち上げた。それが上の写真です。

 こういう画像が荒れていて曖昧で低画質な写真は、それをもってしてすべてダメな写真と言えるのか?ミノックスというスパイ用(と言われた)特殊フイルムを使う超小型カメラで撮った作品として、須田一政や十文字美信という写真家の名前が浮かぶ。十文字さんのグランドキャニオンの観光客向けの据え付けの望遠鏡が置かれた展望台に来る人々をモノクロフイルムでミノックスで撮った写真が私は好きで、その写真が載っている写真雑誌(カメラ毎日だったかな)をネット古書店で買ったこともあった。

 これはカメラ任せの偶然の故障が生んだ写真だが、偶然の故障の結果ではなく、なんだかカメラが個性がある生き物で、その生き物が年を取ってしまい目が老化して、こういう風に世界を見ている・・・後年のモネが見ていた睡蓮のある池みたいに・・・そんな気がするのはカメラという機械を擬人化して、肩入れしてしまうからかもしれない。

 だけど上記の須田さんや十文字さんの作品はそんな風にそれを撮ったカメラへの思い入れなんかないのに好きな作品であるから、低画質写真がもたらす、高画質マイナス低画質の差分のところに宿る、見るものに与えてくれる鑑賞の自由度のようなことは、それはそれで大切なのではなかろうか。

 というわけで私はこの壊れたカメラが残してくれたこの写真を、一刀両断で「失敗した」「ダメな写真」と捨てることが出来ないでいる。

 

追記。ここからはカメラオタクの話です。ほとんどの皆さんは読んでもつまらないでしょう(笑)

 この露出オーバーになる富士フイルムのティアラを点検したら、ストロボをオンすると開放の絞り値(は3.5とか4.5なのかな?)で1/60秒くらいになる。屋外で撮った写真でも、ストロボをオフすることを忘れて自動発光させた写真はこの下(および上)の写真ほどの極端な露出オーバーにはなっていなかった。すなわち、ストロボの設定を検知してマイコンがシャッター速度を1/60秒に指示すればシャッターはその速度で動けることがわかった。それから、このカメラにはファインダーの横に緑のLEDがあって、ストロボオフで撮る場合、手振れするようなシャッター速度になるときは点滅し、その心配がないときは点灯する。そのLEDもカメラを外に向けたときは点灯になりレンズの前(露出センサーの前)を指で隠すと点滅になる。ということは露出のセンサーも明るさをちゃんと測っていて、それをマイコンに伝えてマイコンはLEDに点滅せえ、とか、点灯せえ、とか指示している。ここまでの点検で露出センサーは機能しているし、シャッターユニットも速度を変えられるようだ。だけど、ではストロボをオフにして明るいところや暗いところに向けながら前からレンズの中のシャッターの動きを見ていると、ストロボオフのときは被写体が明るかろうが暗かろうが、一律どうやら絞り開放で1/8秒くらいのスローシャッターになり、高速シャッターにならないのだった。ストロボオンなら1/60になれるのに、ストロボオフのときのシャッター速度がスローシャッターのまま変わらない。もしかするとフイルムケースの外側にISO感度をカメラに伝えるためのコードパターンがあり、それをカメラが読み取ってISO100や200や400に自動設定するその接点の問題かもしれないと思ったが、接点を掃除してダミーのフイルムケースを入れてみても、なにも変わらなかった。マイコンが、どんな明るさであってもどんなISOであっても、シャッターに1/8秒開放しか指示を出さなくなる故障ってあり得るのだろうか?アルゴルの一部だけが書き換わるとも思えないし、マイコン暴走ならもっと全然動かなくなるような気もするのだ。だけど前述のとおりセンサーもシャッターもちゃんとしていそうだから、不思議なものだ。

 さすがにもうこのカメラの修理をしてくれるところはないんだろうな・・・