啓蟄の日のバイク

 数日前の朝のラジオで今日は啓蟄だと告げていた。それから数日して、会社の敷地内を歩いていたときに、建物のエントランスに繋がるコンクリートの道の上にカメムシのような薄い茶色と濃い茶色でまだら模様を纏った虫を見付けた。以前もまさに啓蟄の日に虫を見付けたことがあった。あのときは横断歩道橋の上で、黒い小さな糞虫だった。幼稚園生だった頃、先生が順番に大きくなったら何になりたいか?を聞いていく時間があって、わたしは昆虫博士と答えようと決めていたのに一人前の中田くんが昆虫博士と答えたので、真似したと思われるのが嫌で、思いもよらず口をついて出てきたのはアナウンサーだった。昆虫博士にもアナウンサーにもならなかった。アナウンサーと言ってしまったものの、昆虫博士には、その後、小学生になってもずっとなりたかった。その興味を尊重してくれたのか、あるとき全三冊か四冊だったろうか、ファーブル昆虫記を買ってもらった。その本で最初に取り上げられていたのは、フンコロガシで、子供にとってのヒーローの虫でもなく、まわりに糞虫などおらず、かつ、糞なのだから汚いと思ったから、昆虫博士を目指すからにはファーブル昆虫記を読むべきという自分に言い聞かせた課題は難しく、とうとうちゃんと読み終わらなかったんじゃないだろうか。そのうち8歳くらいになって昆虫には興味を失い、昆虫博士になりいとも思わなくなった。
 啓蟄と聞いて数日した先週の後半は、一日のうちの最高気温が4月並み5月並みを記録して、コートどころかセーターのようなものも不要となり、下着のシャツの上にコットンシャツ一枚で十分だった。とても気持ちの良い日だからだれも騒がないが、これはたとえば梅雨末期ににゲリラ豪雨に襲われたり、真夏に40℃になって熱中症に懸念したりして剣呑となるのと同じ、ヤバい異常気象に当たるんじゃないか?害がないからヤバいと思わないだけで。
 そんな5月並みの日々に自家用車で早朝の道を運転していたら、改造バイクを運転して、昔ながらのレトロな暴走族排気サウンドを高らかに(笑)立てた数台が、昔ながらの無謀な運転で車の間をすり抜けて行った。族用の改造される/されやすいバイクって比較的シンプルな空冷ニ気筒の400って感じ、70年代80年代ならHondaのHawkとかSUZUKIのGSXとか、違うかもしれないけど……。最近のエンジンが電子化され油冷になり、マイコン制御で高出力化され、排ガス規制も対応したバイクのエンジンは昔のように気筒剥き出しでフィンが綺麗というものとぜんぜん違う(ものが多い)。それで、何も調べてないからよくわからないが、族の為の改造もえらくやりにくくなっている……んじゃないかな?
 そんなことをふと思い、絶滅危惧種的に現れた族バイクを見送りながら、それにすら懐かしさを感じてしまった。
 そして、あぁ、なるほどね、啓蟄だから現れたのか。もしかしたら若い頃暴走してたおじさんが啓蟄の暖かさに誘われて、ガレージの奥から青春の思い出にと残しておいた改造バイクを引っ張り出し、早朝だけ現れる幻として、走らせたのかもしれないぞ、などとも思いました。そんなわけないか。
 写真はその日の朝焼け。フイルムで撮ってみたら、相変わらずのフイルムマジックで、なんだかちょっと良さげに写った。