蜘蛛の巣

 花の季節が過ぎた椿園はひっそりとして、人も来なくなりました。人が歩いてくれば、そんなところに巣をはってもすぐに壊されてしまうでしょう、でも人が来なくなり、園内の小路をまたぐようにはられた蜘蛛の巣がきれいに残っていました。そこに綿毛がひとつくっついていました。

 わたしが小学生の頃のはなし。当時住んでいた木造平屋の家、それは父が勤めていた病院の職員の社宅で、戦前に建てられた二軒長屋でしたが、その家で、父が、雨あがりの水玉をたくさんくっつけたきれいな蜘蛛の巣を見つけたことがありました。北を向いた玄関先から、南にある広い庭へ回り込む、東側の小路の上あたりだったかなぁ、どことどこを跨いではられていたのかは、もう、わかりませんが。少し高い場所だったように思います。そして、父は、その蜘蛛の巣を写真に撮ろうと思いました。父は油絵を描くことと写真を撮ることが趣味でした。

 勤めていた総合病院の職員のあいだでゴルフがはやったときに、父は、家の前で紐のついた擬似のゴルフボールもどき(確かプラスチック製)を使って打つ練習をしていましたが、そのあと誘われて一度か二度コースに出ただけですぐに辞めてしまいました。そのあと、同じ職員仲間の釣り好きグループに加わり、こっちはしばらく続けていました。一度、わたしも、相模湾に船で出るキス釣り?に同行したけれど、波のある日ですぐに酔ってしまい、ずっと船の上に寝転がっていました。そうするとすこしは気分が楽になったから。

 父の釣りは、しばらく続けていたけれど、お付き合いの面もあったのかもしれません。父がほんとうに好きだった趣味は絵を描くことで、次いで写真だったと思います。すなわち、いま、私が写真趣味をずーっと続けている、その原点は父の影響なんです。

 小学生の私は父がどうやって雨粒の付いた蜘蛛の巣を撮るんだろうか?と興味津々で見ていました。見ていただけでなく、なにか質問したり提案したり、だったのでしょう。空を背景にしたその蜘蛛の巣は逆光になってしまって、うまく写せそうもない。しばらく考えてから、父は黒いこうもり傘を持ってきて、それを蜘蛛の巣の背景に置きました。どうやって傘を置いたのか?もしかしたらわたしが蜘蛛の巣のうしろに傘を広げて持つ役をしたのかもしれない。そして、そのときは、そんなことは知らなかったけれど、たぶん、被写界深度をなるべく浅くして、こうもり傘をぼかして、蜘蛛の巣が浮き立つような設定のを工夫したんだろうな。その後、蜘蛛の巣のモノクロ写真は、通常よりすこし大きなキャビネサイズに引き伸ばされてアルバムに貼ってありました。市内の写真屋で引き伸ばした写真にはフェロがかかってつやつやしていました。

 あの頃、父が使っていたカメラはオリンパス35S1.8と言うものでした。わたしは父が新しいカメラに買い替えたときに、その古いカメラを譲り受けて、小学五年頃から中一頃まで、しばらく使っていましたが、鏡筒部ががたつくようになり、すると写真の画質が低下してぼけぼけにしか写らなくなってしまった。

 ふと、そんなことを思い出しました。