
乗代雄介の「それは誠」、文庫本になり、いままで読んでなかったので、さっそく買ってきて読みました。青春小説を読んで、そこに勇躍する(笑)青春の人たちに感情移入して読むことなんか私にはもうとても難しくて、だからこの読書は同世代的感動ではないのが悔しいけれど、この作家はなんでこんな風に、この青春の人たちの、くだらなさ、物足りなさ、訳のわからない行動の選択や、惹かれ合う理由の不明な行動や、そういうことをとてもリアルに肉薄して、書くことが出来るのか?と感心してしまいました。本当は登場人物の誰かに感情移入して、誰かを嫌な奴と思い、誰かに恋できればいいのにな。なかなかそういう読書は出来なかったけれど、そういう読書が出来る若い人たちが、この小説を読んだら、小説とはこういうことかと開眼して、新たな小説が生まれ続けるんじゃないのだろうか。たいした出来事も起きない、子供じみたちょっとした作戦に基づく一日。だっさいのは、青春小説やドラマっぽい、夕日の扱いかたや晩秋の木々の風景だったりして、それも当然意のままに、使い分けて、この子供じみているがゆえの若者たちの自意識たちを浮き上がらすのに相応しいってことですね。この作家、「旅する練習」では最後にあえてビターを残すような余計な仕掛けを誂えるし、ほかにも読んだいくつかでは、難しい文学知識を前提にしていてついていけないし(それでもなんか読んでしまう)、癖玉のエンタテイメントだなあ。帯に書いてあった、あやうく落涙しそうになった川上弘美や、小説を読む喜びに浸ったいしいしんじ、のことは本当かどうかわからないけれど、そういうことだよね。この本が本屋大賞だと50位とか60位にしかなれないってことも、まぁそういうことだよね。良い読書が出来ました。
今年はけっこう良い読書が出来ている(すなわち選ぶ本がうまく行っている)感じです。
写真はフイルムで、100mmの中望遠で撮っています。ほとんど中望遠や望遠は選ばない。とか書きながら、コンデジのズームではそれなりにその辺の画角は使うけれど。カメラに装着するレンズは「単焦点」で「28-58mmくらいのあいだ」で「横位置」で「アンチクライマックス」を、撮るべき、という世代的な決まりというのか、ださくないのはそういうことだ、という感じが高校生のころから植え付けれれているのですよ、自縛。なんとなく、なんかね・・・。だからほんの気まぐれで、たまに100mmを付けてみても、撮っているときには、ファインダーを見ていて、どうしていいかわからない、撮らされているというのか、撮りたい気持ちがわからないまま、でもまぁ何枚か撮っておこうかな、という浮足立ったままの気分なのです。そういう気分で撮った写真です。それなのに、なんとなく写真ぽく見えるのは、圧縮レンズ効果がすこし出始める中望遠の100mmと、突堤と海と若い人たちのおかげですね。写真になりそうな場所ってすごいよねえ、いい写真が撮れた、みたいな気分になれる。だけど、それって場所のおかげですね。写真がうまいとかでは全くない、勘違いしないように。こちらを向いてる一人の方の顔にはボカシを入れました。キヤノンA-1+NFD100mmF4マクロ。
