十年かもっと前、この写真の家のあたりには少年野球が出来るくらいの高いフェンスで囲まれた野球広場があったと思うが、毎日とは言わないものの月に一度か二度、その前を通っていたとしても、取り壊されてしまえば、もう不確かな記憶にすぎない。いや、もっと若い頃に見ていた広場だったなら、取り壊されたあとにもずっと鮮明に覚えているのかもしれない。新しく分譲された家に住んでいる人は、自分の家のある場所にむかし野球広場があったことなど知らないのかもしれない。
夕方、テレワークのあとに市役所に用事があり歩いて行ってみる。多くの来庁客がいてちょっとコロナが不安になる。用事が終わってから茅ヶ崎駅ビルの総菜売り場に行く。揚げたてですよ!という声に引きずられ、チキンカツを一枚。緑色のマイバッグのなかに白い揚げ物用の紙でくるんだチキンカツを入れて、それを手にぶら下げて歩く。まだ熱いチキンカツだが、足に当たって熱が感じられたり、湯気が手に感じられたりするわけもなく、自分の持っているものが熱いことは体感できていないけれど、そういう事実を知っているから、なんとなく暖かい気分になっている。いやなに、そのカツにウスターソースをかけて食べたいと言う気持ちのせいで嬉しくなっているだけかな。人の気持ちはすっごく複雑で、すっごく気まぐれで、すっごく単純ですね。底流のところが単純であることが、きっといいのだろう。そう思うな。一途な感じ。
ジム・ホールというジャズギタリストはもう他界してしまったけれど、二度、そのライブを見ました。最初は1990年代前半だったのかNYに出張で行ったときに現地の関連会社駐在員の方におねだりしてブルー・ノートに連れて行ってもらった。出演していたのが、ジム・ホールとピアノのジョージ・シアリングのデュオだった。同じ出張のときにスイート・ベイジルにも行った。ロン・カーターが出ていた。2005年かもう数年あとか、今度は六本木のビルボードライブでジム・ホールを見た。二階の遠くの席で、ジムのギターの音は思ったより小さく繊細で、もしかしたらエアコンも動いていたのかな、それで音が消されて聞きずらかった。ジムは、ステージの途中だったか最後だったかに少し話しをした。英語だったからちゃんと聞き取れるわけないのに、なんでだろう、彼が「私はもう年老いてしまったけれど、これからの世の中がみんなにとって幸せであるとうれしいよ」というようなことを言った。いや、だから・・・聞き取れるわけないから、表情や、わずかに聞き取れたひとつかふたつの単語から、勝手にそう言ったと思い込んでいるだけなのかもしれない。
ジム・ホールの音楽。最初は二十歳の頃に、レコード盤でアンダー・カレントをよく聞いていた。例えば上の方の文章で「底流」という単語を使ったが、この単語が浮かぶときにはかならずアンダー・カレントのジャケット写真が思い浮かんでしまう。しかし、私がいちばん好きなアルバムは、1979年だったかのスイート・ベイジルのライブ盤の「ジム・ホール&レッド・ミッチェル」というレコードだった。アーティストハウスというレーベルだったかな。このレコードにはA面にフライ・ミー・トゥー・ザ・ムーンが入っていてこれが好きだった。これだけどんなアルバムでもCDになっているご時世なのに、そしてこの頃のレッド・ミッチェルとジム・ホールの別の日のライブ音源はCDになっているのに、この大好きなアルバムはCDにならない。だいぶ前、どうしても聞きたくて(自分の愛聴盤は紛失してしまったので)中古レコードを購入したけれど、あまりに盤がすり減っていて、その手に入れた中古レコードはほとんど聞かなかった。いまはプレイヤーは持っているがちゃんと動くのかな?今度はレコードがあってもプレイヤーが心もとない。二日くらい前になんとなくアマゾンでジム・ホールのCDを検索していた。けっこう持っているアルバムがあるが、持っていないものも多い。そんななかにトロンボーンのボブ・ブルックマイヤーとジム・ホールのデュオのライブ盤、1979年の演奏、があることに気が付いた。アマゾンで買ってみた。夜、チキンカツを食べたあとに、部屋の灯りを消して枕元の読書灯だけにして、届いたCDを聞きながら本を読んだ。途中眠ってしまい、起きたら収録されている最後の曲「セント・トーマス」になっていた。トロンボーンの音は丸くてふくよかで温かい。ピンクの芙蓉の花のようだな。あるいは五月のさわやかな風が吹き抜ける突堤で白波が立っている海を眺めているようだな。(わけのわからない比喩ですね・・・)
私は中学生のとき、ブラスバンド部だった。メロホンというホルンの簡易版のような楽器担当で「あと打ち」ばかり吹かされていた。行進曲のリズム隊的な役割ばかり。トロンボーンの山本くんと山口くんは大きな音を出してがんばっていたが、上手に吹くことができる山本くんの欠点はどんどんテンポが早くなってしまうことだった。たしかクワイ河マーチでトロンボーンが旋律をとるところで山本くんがどんどんテンポを速くしてしまうから、そのあとのクラリネットがメインに出るパートで、クラリネットのくせ毛の内田くんが指をめちゃくちゃ早く動かさなくてはならなくなり泣きそうになっていた。市内に七つくらい市立中学があったかしら、いや十くらいかな。テンポがどんどん速くなるクワイ河マーチでも、わが中学のブラスバンド部は秋の市の吹奏楽部演奏大会で3位くらいにはなっていたかしら。
ボブ・ブルックマイヤーの吹くイン・ア・センチメンタル・ムードが良いですね。
あ、チキンカツはもちろん美味しかった。