春一番


 春一番だったんでしょうか?

 昨晩、飲み会であんきもを食べた。三十年くらいまえ、北陸の大聖寺という町に住んでいた遠い親戚のご夫妻の家へ一人で遊びに行ったことがあった。そのころに60歳と45歳って感じの親戚のご夫婦だった。いまは二人とも故人となってしまった。その三十年くらい前の北陸の町で、遠い親戚のおじさんに連れられて、近所のカウンターだけの小さな店に連れて行ってもらったときに、その店でさばいた鮟鱇の肝が出て、それがはじめて食べたあんきもだった。かのおじさんは読書家だった。オーパ!を読んで開高健に夢中になっていた私に、「闇」シリーズを薦めてくれた。
 その北陸旅行の帰り、特急電車のなかで片岡義男の「バドワイザーの8オンス缶」という短篇小説を読んで、どってことのない小説なんだけど「五月の第一金曜日の夕」だっただろうか、一番日の長いころの週末という設定から始まるその小説の世界に憧れた。
 あの、当時私は二十代前半だったので・・・
 その翌年だったか、バレンタインデイに義理チョコも含めて(いや、全部義理チョコだったかも)いくつかのチョコをもらった。そのひと月後がお返しの日だというので、普通はクッキーだったかなにかを返すようだったが、そこはちょっと変わったことをやってみたい、などと思った私は、お返しに「バドワイザーの8オンス缶」を渡そうと思い、わざわざその前日だったかに休暇を取って、いくつかの酒屋をめぐったのだが、8オンス缶は見つからなかった。仕方なく画材屋に行って、ものすごく沢山の種類の中からパステルカラーちゅうのかなんと言うのか、微妙な変な色の色鉛筆を全て色をたがえて必要な本数を買って、それをお返しにした。
 あの、当時私は二十代前半だったので・・・自意識過剰なんですね。
 色鉛筆は一本余って、そのあまった芥子色の色鉛筆は、今でも会社の引き出しに入っている。

 あんきもから始まって、以上のようなことを思い出した。今日は風が強かった。

夕陽に赤い帆 (1981年) (角川文庫)

夕陽に赤い帆 (1981年) (角川文庫)