べんべん


 9日、高校時代の友達、仮にT君としておく、と会って写真や音楽や映画のことなどを三時間以上ずっと話していて、いま数日を過ぎてその時間が「楽しい」というより「嬉しい」ような時間だったのだが、では具体的に何を話していたのかを思い出そうとしても、なんだかぼんやりとしている。
 先週観に行った伊庭展のことから、写真家が目の前に通り過ぎる光景の一つとして建物や自然や街角と並列にポスターや写真プリントにカメラを向けるときがあるように、画家にとっても目の前に実在の写真プリントがありそれを絵画に置き換えるということは、風景を描くのと根本的に一緒なのではないか。目の前の果物や食器を描くのと、目の前の写真を描くのは同じことなのではないか。写真が画家のモチーフとなることは、写真がすでに人間の中で一般化して、そこにあるものとして共通認識されているからだろう。なんてことを話したかもしれない。
 T君にとっての写真表現の原点にはウィン・バロックがあって、そこから彼は何か記録性と記憶の関係についての思いを語っていたし、よく言われるアッジェやエバンスの、極力私的視線を排除した記録行為に入り込む私的な視線についても何か話したようだ。
 あるいは私は、最近話題の若い女流作家の文章の「ぶっきらぼう」な感じは稚拙にしか思えないのだが、そう感じるのは私に文学の最先端の表現を鑑賞するような能力がないからで、そういう方向が最先端の文学として、評論家やプロからすると新しいのかもしれない、ということを佐内正史川内倫子の写真を見ていて思った、ということもしゃべったような気もするがしゃべっていない気もする(こっちは8日に林林さんと話したことかもしれない)。
 最近の世の中のある日突然一般の人のことがニュースになり本人の意図とは別に一人歩きが始まったり、いたるところで広告が目に付き、いやおうなく広告の洪水を浴びなければならないという状況は、学生時代に読んだ筒井康隆椎名誠のSF小説そのものではないかということも話した。そんなこと紆余曲折の結果、今の若い世代は「若い世代はいつの時代でも持たなければいけない反体制的な思い」がないのではないか、という中年特有の、これまたいつの時代にも言われていたのであろう苦言などということにも思い至ったが、T君はもしどうだとすれば、少し上の世代の方々の思いを受け継げなかった我々がいけなかったと言うのだった。
 どの分野にしても、今から新しいものでかつ大衆に広く指示される表現が生まれる可能性はないのではないか?例えば武満の音楽はモーツァルトのようには広まらなかった、などという乱暴なことも言ったかもしれない。
 それから最近気に入っている新しいCDのことなどを教えあったりした。
 宇都宮駅近くの古いビル二階にあったマニアというジャズ喫茶に行こうとしたが、もう閉店してしまったらしかった。
 ところで遼順茶楼http://www.ryoujun.co.jp/という中華料理店の料理は素晴らしかった。貴紀餃子というのを食べたのだが、蟹の香りのする上品な具はさらさらと降る夜の雪のようだった(すごい比喩だ)。中国紙豆腐サラダの微妙な甘酸っぱい味も美味しい。

 10-11日の二日にわたり、DVDに録画してあった日本映画「空の穴」を久しぶりに見た。最初に見たときと違って、とても面白かった。若いころの菊地凛子(当時は菊地百合子)の不思議なあやふやさ、寺島進演じる主人公のみっともなさ。そしてラストに示唆されることはありきたりであってもすがすがしい。

 13日、会社帰りに会社最寄り駅でばったり会った近所のT橋さんと一緒に帰る。横浜駅で座れる。ふと隣のホームを見るとたくさんのカメラマンがいて、そうか今日は東京駅発の最後のブルトレ「冨士/はやぶさ」のラストランの日だと気付く。
 藤沢でひとり途中下車し、ビックカメラで3/31-4/13まで大阪で行なわれる須田塾合同展「べんべん」の作品を印刷するためのインクジェット写真用紙(A3)を購入。雨が降り始める。
 茅ヶ崎駅に18時40分ころに着く。するとホームにやはりカメラを持った人たちがいる。鉄ちゃんの子供たちもいるが、なんとなく最後だから見ておこうみたいなのんびりとしたけんぶつの親子連れやカップルもいる。通過時間は19時ころだと言うので、私も待つことにする。
 19時ちょっとすぎにブルトレはあっという間に通過していった。一応写真を撮ったのだが、肝心のEF66が写った駒だけ緊張したのかぶれている(笑)。
 でも驚いたのは、写真なんか撮らないで、列車に向かって「ばいばーい」と言いながら手を振っている人たちが少なからずいたことで、なんだかいい感じなのだった。
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 13日夜に、350mlの発泡酒麦とホップ」を飲んだ。それだけならいつもなら赤くなるもののそんなにひどく酔うことはないのに、何故だかふらふらになってしまい、よく覚えていないまま寝てしまった。朝まで。
 で、14日早朝、風の音で目が覚めてトイレに行く。ベッドの中で会社のことなど考え始めると悩み深し。
 昼ころ、茅ヶ崎駅ビルに行き、書店で新潮文庫新刊堀江敏幸著「おぱらぱん」購入。
 午後、「べんべん」用の写真をプリントアウトする。

 上の写真はやっぱり古い写真。場所はどこだろう?名古屋かもしれないし・・・