須田塾第14期3週組4月例会


 写真は4月13日夜、宇都宮大学構内にて。

 さて、今日は、須田一政写真塾第14期3週組の第一回目の例会だった。新しく参加したメンバーの写真を中心に会が進行。新参加のメンバーの皆さんはさぞかし疲れたことでしょう、ご苦労さまでした。
 私が始めて参加したときにどんな風だったかもうよく覚えていませんが、とにかく200枚くらいは持っていかなければいけないという脅迫されているような気持ちがあって、過去の写真も含めてなんとかその枚数を揃えたのだったと思う(いまはデジタルのおかげと須田塾に参加し続けた成果?なのか、300枚でも400枚でも全然苦にならないんだけど)。覚えているのは、白黒スナップからはほとんど選ばれなかった一方でカラーの6×6からは随分たくさん選ばれて、でも具体的なコメントがそのときにはない。それで自分の写真はダメなのかな、とかも思ったりもした。須田先生は当時(2004年)はいまよりも寡黙でいらっしゃったように思うのだが、塾が終わってこれから飲み会に行くというので、皆さんが帰り支度を始めているなかで、先生が一言「いいですね。特にカラーの6×6がいいですよ」とおっしゃって下さり、それが原動力になって塾に参加し続けることが出来たように思う。
 参加した当初は、自分の写真に対しての先生からの具体的なコメントもほとんどないし(選んでいただいたときに「こっちがいいですね」とおっしゃるだけ)、自分がその日に持って行く写真の束の中でも特に気に入っている写真がほとんど選ばれずに悩んだりで、ときには「もういいや」と投げやりになったりもした。でもその何ヶ月かを越えて、自分が井戸の中にいるようにして自分の写真に自己満足しているそのプライドみたいなことから抜け出す(砕かれる、引っ張り上げられる)と、あるいは自分の写真の見方と違う視点からの写真の見方が無限にあるということに気付かされると、あるときふっと肩の力が抜けて、その頃には見ていただくメンバーの方も、だんだんと「こやつどういうやつじゃ?」というクラス替え後の初めての教室で隣に座っているやつを警戒しつつも観察しているような段階から、もう少し分かり合えるような気持ちが出てきて、そうなると自分の写真へのコメントも具体的で価値のあるものに感じられて来るのだった。
 私と同じときに初めて参加した方の中には、一度か二度で以降来なくなった方も何人かいらっしゃった。それは上のような初期段階のちょっとした驚きみたいなことをネガティブに感じたのではないのかな。
 余計なお世話かもしれないけど、経験談でした。
 それにしても今日のところは新しい方の写真はどなたもみな既に自己性を持っているようで、継続組みがたじたじだったと思います。

 塾のあと、浅草橋のマキイマサルに大阪須田塾のしえなたばささんと寺元さんの写真展のオープニングに参加。須田先生とお二人と林さんによるトークショーも聞く。寺元さん、(特に日本の)写真は闇を撮ろうとする作法があってそれを否定できないかと考えたとおっしゃる。あるいは、写真の特性は過去につながるということでそれを否定できないか、自分の思考を過去ではなく未来に持っていけないか、それを実現できたかどうかはわからないが、少なくともそうしたいという決意表明として写真展のタイトルを「未来指向」にした、とも。寺元さんの写真は白黒のとても美しいファインプリント。道路や駐車場に止まっている自動車をその多くは真横から、植物越しにあるいは木々のあいだから撮っている。上記のコメントを聞いたあとでじっくりと写真を見るのだが、すぐにはその意図を理解できない、理解できないのだが、そうかといって飽きたり興味がなくなったりしなくて、なかなか意味が読み取れない難しい本なのに、それでも放り出せずに、いつも枕元とか鞄にあって、行ったり来たりしながらも読み続けざるをえない、ような粘着性が写真にあるように思った。写真に写った植物はストロボ一発で葉裏までしっかり浮き立っていて、結局は植物の力は時間の中で人工物の何よりも力強く圧倒的である、みたいな安易な解説を思い浮かべるのだが、そんなことではないのだろう。(いい意味で)気に食わない奴である。写った車のほとんどが真横から撮られていることも、その形の幼児性(子供が最初に描くくるまの絵は大抵真横の形)が写真の奥行き感を消していて、あるいはそこに子供っぽさを残していて、それがドライな感を生んで植物の持つ不気味さをうまく中和していてその写真の本質を隠しているのだが、本当はその不気味さが時間差攻撃で襲うように仕掛けられている???とにもかくにもなかなか見る方の解釈の収拾がつかない写真だ。

 しえなたばささんの方は、低解像度とノイズたっぷりの一般的には低画質といわれることを逆手に、奥行き感を消して、光景を省略することにより多視点から発生する多くの意味づけを誘発する。が、作家はそんな誘発を気にもとめずに楽しんでいる。携帯カメラという低画質を選びつつも、構図などは工夫が凝らされ、そのミスマッチが妙なのだろう。それにしてもアメンボの写真の水面はゴムのように写り、犬や猫は宇宙人が化けている、というこれはやはり異世界だ!と驚くという素直な鑑賞が一番なのだろう。

 今日も寒かったけど、午後からは若干春らしくなる。
 昼は神田の「うな正」で840円のうな丼を食べました。