桐生が岡動物園


 白石ちえ子さんの写真展に行ったとき、ご本人から、写真集「島影」に収録されているペンギンの写真を撮った桐生の動物園が、小さくて錆びれていて独特な感じが面白い、と聞いたので、では夏休みも始まることだし、青春18きっぷを使い宇都宮から茅ヶ崎に戻る途中に、小山経由両毛線で桐生へ立ち寄った。もう二十年も前の写真集になるのかな、武田花の「眠そうな町」にとらえられた両毛線東武伊勢崎線沿線のこの地方には、いつも眠そうな気配が漂っていて、それでも眠りが深くもなりもせず、眠ったまま消えたり壊れたりもせず、眠そうな状態のままずっとずっと同じ時間がゆっくりと流れている感じだった。こんなのは通り過ぎる旅人の勝手なセンチメンタリズムだろうけれど。少し高台にある動物園の奥の方、より高い方の入り口から入り(そこまでが上り坂で猛暑でもあり大変だった)、入ってすぐのペンギン舎の前にたどりつく。夏休みの土曜日なのに客はまばら。ペンギンを眺めていると、ときどき家族連れがやって来てちょっと見ては行ってしまう。三歳か四歳の子供がペンギンに向かって「泳いで!水に入って!」と大声で懇願する。油の切れたブリキのおもちゃのような四羽しかいないペンギンのうちの二羽が、その声にこたえてほとんど水の際までのそのそと進んできたが、そこでゼンマイが切れたように停止してしまった。直射日光が当たらないような配慮なのか、仮設の金属ポールを立てて、黒い網のような材質の布、いややっぱり網か・・・それをタープの日除けのようにペンギン舎の上と通路にわたしてある。写真的には若干無粋な金属ポールなのだった。
 動物園の中を降りてきて、正面入り口から出ると昭和30年代だかに演習用に使われたらしい飛行機が広場に展示されているのだが、これも展示記念物というより廃車置き場で雨ざらしのまま長い時間で朽ちていく車のようで、塗装がぼろぼろと落ちている。そこに夏の陽射しが降り積もり、夏草が這い回る。
 やっと市街地に下りると、店名不明、ただ「やきそばの店」と書かれた小さな店が学校の隣の住宅街の小さな四つ角にあった。あ、ここで焼きそば食べよう。玉子入り焼きそば400円。60代後半か70代かのおばちゃんが一人で作っている。カウンター三席とせいぜい二人座れるテーブルが二つ。もしかしたら学校部活帰りの中学生や高校生が寄るような店なのかな。ポテトフライと紅ショウガが細い麺のソース焼きそばに載せられ、玉子は目玉焼きを崩したようだった。店から靴を脱ぐとおばちゃんの住む?母屋につながっているらしく、いちど、電話が鳴っておばちゃんが母屋に入って行ったが、すぐに「間に合わなかった」と戻ってきた。母屋へと入るすぐの壁に三十年くらい前の南野 陽子のポスターが貼ってあり、さらにその先に店内からも見えてしまう畳の部屋の襖の上には花の写真がずらりと額に入れられて並べてあった。もう都会に出て家庭を持っている息子さんが高校時代にでも貼ったポスターだろうか、まだお元気なのかなご主人はマクロレンズで写真を撮るのが趣味でしょうか?そんなことを考える。出てきたときは量が多いと思われた焼きそばだったがあっと言う間に食べ終えてしまった。
 今日、桐生の町は夏祭りらしい。大きな商店街は車両通行止めでバス通りの両側に屋台が並び、七夕風の飾りつけがされ、神輿が通ったり、幼稚園生がなにか競技をしている。
 このあと、高崎で降りて群馬県立美術館で「アート・オブ・ライフ」展を見てから、上野東京ライン一本で茅ヶ崎まで戻る。途中熊谷では花火大会があるらしく車窓に浴衣を着た若者をたくさん見た。さすがにもう途中下車をする元気もなく、長いこと乗車しているとだんだん冷えてくる電車に備えてバッグに入れてきたコットンのカーディガンをはおる。電車内で蜂飼耳著「空席日誌」読了。