夏の旅

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 1980年代前半によく聞いていた松岡直也。会社の寮で夜にくつろぎながらレコードで、誰かの自家用車でカセットテープに録音したものを、あるいはいちどだけ六本木のピットインでライブを。少し前に、同年代の会社の某さんと、あのフュージョン全盛期の頃には、松岡直也とか増尾好秋とかスクエアとかネイティブ・サンをよく聴いたものだ、なんていう「思い出話」になった。それで、久しぶりにCD化された音源で松岡直也の「夏の旅」を聴いてみた。記憶に残っているよりずっと整然と構成された緻密な感じの演奏で、ラフで即興的なところは少ない。というかラフで即興的な感じというのは、当時、二十代前半でまだまだふらふらと根無し草的に漂うように、同時代的にカッコいい(とされる流行)ものを追いかけていた私の気分の残滓なのかもしれないですね。

 今日も猛暑。しかし海沿いの町には海風が通り、もしかするとはるか南方海上にある台風のもたらす風かもしれな、日陰や風の通り道となる路地に佇むと、だらだら流れる汗を背中や胸や髪や顔に感じつつも、この日本の真夏の蒸し暑い猛暑も、頭の中を流れている松岡直也の音楽とともに懐かしさ(いまここに猛暑があるのに、それはもう何年も何十年も前の「同じような」夏が多重露光されて懐かしさをまとっているような)が加わり、ふと笑みが漏れるような幸せをも感じるのだった。

 知らない町は、同じ真夏のなかで、知っている町でもあった。

 

追伸的なメモ)ところで上の写真ですが、写真の上の方にある電線、ない方がいいだろうなと最初は思っていて、トリミングしてみたのです。ところがこの電線がないと妙にちゃんとした写真に見えてしまい、そこで電線は消さないことにしたのです。

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