水たまりのある飛行場

 午前、仕事で某私鉄駅が最寄の某社に立ち寄り、会議に出席する。帰社する途中、私鉄からJRに乗り換えるターミナル駅で昼を食べることにする。ターミナル駅とは言え、はじめて降りた駅だと思う。駅の南口か北口か、たぶん商店が少ない方の駅前は、さらに駅の正面に建っていたのだろう駅前ビルが撤去されて工事現場になっていて、これからあっというまに新しい背の高いビルが建つのかもしれないが、いまはあっけらかんと広く明るく、だけど殺風景な光景を、快晴の春の昼間に晒している。近くの古いビルの二階には中華料理店があるようで、店に上がる階段の下にランチメニューの看板が出ている。少し逡巡しているあいだに、男女二人連れが階段を上がって行った。もう少しあたりを歩いて店を探そうかな、と思って数歩歩きだしたが、やはりここでいいか、と引き返した。ここでいいかと思ったのは、そこに出ていたいくつかのメニューの下に「ほかにもランチメニューがたくさん」と書かれていたから、内容が書かれているメニューのなかには、そのときちょっと食べたかった焼き餃子はなかったのだが、ほかにもたくさん、とあるから餃子のランチもあるに違いないと期待したからだった。

 先に階段を上がった二人で満席になってしまったらしく数分だけ待たされ、そのあいだにふた組の客が会計を済ませ、店員同士の「52番OKです」という声が漏れ聞こえ、その52番の席なのだろうか、いま吹いた布巾がちゃんと絞られていなかったんじゃないか、テーブルはびしょびしょに濡れている。それでちょっとがっかりしたが、たくさんあるはずのメニューを熟考するつもりが、テーブルの上にメニューブックとは別に置かれた今週のランチが書かれた別紙に、週ランチ②牡蠣と豆腐の野菜あんかけ、とあるのが目についた。5月の牡蠣かぁ・・・と牡蠣好きの私も、ほんの一瞬だけ逡巡するが、もう焼き餃子のことなどすっかり忘れて、次の瞬間にはもうこの週ランチ②と決めていた。

 それからあたりを見回すと、ビートルズのアルバムジャケットや、なにかの(古い?)雑誌から切り抜いたと思われる写真が、その写真に写っているものにとくに統一性も感じなかったのだが、壁に貼ってあった。貼ってからまたずいぶん時間が流れたのだろう、少し色あせて見えた。

 最近、口の中を火傷していることが多い。どうも料理が出されて、熱いことに注意しながらいろんなものを食べているのだが、注意しても猫舌の私はアチチ・・・となることも多く、そのあと数日口のなかがヒリヒリ痛むことがある。牡蠣をひと口で口に頬張るとまた火傷をしてしまうんじゃないか、と事前に注意をして、少しだけ齧ってみた。特別に美味しいわけでもなく、特別に不味くもない牡蠣の味が口中に広がった。

 昼休みにランチを食べに来ている近くの会社に勤めているらしく見える人がいるかと思うと、どうも友だち六人くらいでランチ会に集まったらしい女性の六人組もいる。六人組から「唐揚げ!」「生ビール!」と甲高い声が上がっている。

 料理を食べながら、また壁に飾られているものを眺める。イエローサブマリンのアルバムジャケットが向こうの方に見える。そのすぐ上にラバー・ソウル。私の背中側、いちばん近い場所には(写真の)プロペラ飛行機の絵が貼ってあった。これはなんという飛行機なのだろう?子供の頃、プラモ作りに夢中だった私なら知っていたのかもしれないが、いまはわからない。絵の飛行機は飛行所の滑走路ではなく、芝生だろうか植物の緑の上に置かれているから駐機場所なのかもしれない。絵には芝生と土の滑走路の境界あたりに水たまりがあり水色の空がそこに映っているようだ。雨が上がったばかりなのだろうか。そういう詳細を見ていると、絵に描かれたプロペラ飛行機の置かれているこの場所、もしかすると画家の頭のなかにある架空の、だけど典型的なあるべき場所、に憧れる。

 店を出たあとに「しまった牡蠣ではなく、最初は焼き餃子を食べようとしていたんだった」と思い出す。