やまと絵展

 昨日11月11日の土曜日、今日11月12日の日曜日と、肌寒い日が続きました。先週まで季節外れの暑さが続き、夏日の日もあった。昨日と今日が平年の11月上中旬の気温に比べてより寒かったのかどうかはわかりませんが、続く日々の流れのなかでは、まるでいきなり断層に落ち込んだように寒くなりました。昨日はコットンベストと薄いジャンパーを、今日は防寒度を高めて、ベストをセーターに、ジャンパーはダウンの入ったものにしました。それでも首筋がすーすー寒かった。そんな今日の日曜、霧雨が降ったり止んだり。午前は上野にある国立博物館にやまと絵の展示を観に行きました。写真は博物館本館前のユリの大木。もう少し紅葉が進んでから散るのかもしれません。

 私の父(1927-2001)は油絵を描くのが趣味で、私が子供の頃には父に連れられて、上野や鎌倉の美術館に絵の展示を観に行きました。といっても実は数回のことだったのかもしれない、それが子供心にいわゆる「ハレの日」のような気分だったので覚えているのだろう。ところが具体的にではなんの展示に行ったのかは、あまりよく覚えていません。かすかに覚えている一つはゴヤ展で着衣のマハと裸のマハが同時に展示されていた。いま調べると、1971年の11月から72年の1月に開催されていたので、私は中学生だったわけか。たぶん思春期にあって、着衣と裸の対比というところに、少年が興奮するような気持ちがあったから覚えているのだろうな。鎌倉の神奈川県立近代美術館で見た展示のなかで覚えているのはクレー展。すごく気に入って、父がクレーを気に入っている私のことを驚いていたのを覚えています。これは1969年なので小学校6年生だったのか・・・

 十年ほど前に宇都宮の美術館で見たクレーもすごく良かった。ところがここ数年、自分自身が抽象画を見ながらそれを何かに見立てるとか、そこから想像を膨らませて楽しむとか、具象がなくても色の対比は形の対比に面白さを感じる、そういうのが下手になってしまった気がするのです。ものを深く見定める、感じる、そのためにもエネルギーが必要で、そのエネルギーって年とともに減ってしまうものなのか?そうならないように、意識して感性に気を配って行きましょう。

 やまと絵展、開場15分後に入館。最初に入った人たちの塊がまだ第一章に集中しているあいだに、空いている少し先の展示をじっくりと見ました。信貴山縁起絵巻鳥獣戯画百鬼夜行絵巻などはかぶりつき。素晴らしい、としかとりあえずは書けない感じです。