クレー


 会社のあと、国立近代美術館に行き、クレー展を見物(ん?見物・・・「鑑賞」か・・・)。金曜は20時までやっているのです。31日の最終日が迫っていることもあるのか、混んでいる。
 私が小学生のころ、父が世界名画全集みたいなのを申し込み、その全十数巻(だったろうか・・・)からなる画集は、毎月一冊配本で、その日が来ると、近所の「鈴木書店」のおじさんが自宅まで持ってきてくれた。持ってくる場面に何回も遭遇したから夜になると持ってくることが多かったのだろう。もしかしたら書店の閉店後に配達に回っていたのかな。ゴッホみたいに一人の画家が一冊になっている号もあったけれど、「セザンヌ/ゴーギャン」とか「ルオー/ルソー/××」(もう一人組み合わされていたのが誰だったか、忘れてしまった)、あるいは「ピカソ/ブラック」のように複数の画家を一つの号で取り上げている号もあった。クレーは「クレー/カンディスキー/ミロ」だったと思うが、いい加減な記憶なので怪しい。
 画集が届くのを、子供の私はすごく楽しみにしていて、新しいのが来ると何度も眺めていた。「ユトリロ/ビュッフェ」とかもあった。
 そんな訳で中学生になったときに美術で西洋画のテストなんかはお茶の子さいさいだった。
 父は油絵が趣味で休日に、ときどき絵を描いていた。油絵の具の匂いが室内に溜まるのを嫌ったのか、裏庭にキャンバスを立てて描いていた。そこの裏庭を描いていたのかというとそうではなくて、社員旅行等でどこかに行ったときに撮って来た風景写真をキャンバスのはじっこに貼り付けて、それを見つつ、記憶に残っているそこの風景を思い出しながら、描いていた。だから、その写真が望遠レンズで撮られていたりすると、出来上がる絵も、奥行きが圧縮されたようなせまい画角の絵になっていた。そういうことも含めて、父は全て承知の上で楽しそうにしていた。
 仕事の隙間に趣味の時間を上手く差し込むためにはそういうやり方が妥当だったのだろうな、と思う。どこまでのめりこんで、どこまでのめりこまずにいて、そのバランスの中で、満足を得られて楽しいやり方を見つけていたのだと思う。
 画集を何冊も眺めていて、私はクレーの絵がかなり好きだった。父はセザンヌが好きだったようだが、あんまりそういうことを明言はしていなかった。私がクレーを気に入っていることに何故か驚いていたようだ。

 私はときどき、パソコンの画面やテレビ画面を写真に撮る。このまえの須田塾で先生が選抜してくださった私の写真の中にもそういう写真が数枚あった。選抜してくださった写真を並べて、塾生の方からコメントをもらうのだが、モニター接写写真を見て「わからない」とおっしゃった方がいらっしゃった。
 そのとき、ついついちょっと熱くなって「パソコンモニターの画像であっても、街角や風景と同様にいま私の目の前にある光景なのだから、そこに撮りたいものがあれば撮るだけで、私にとってはモニター接写が何か特別に違うことをしているという意識はない」とかなんとか、熱弁してしまった。

 だから画家の方が、レンズにより被写体だけでなく写ってしまっているゴーストやフレアも含めて、写真を描くということをしたとしても、(最初はそういう絵を見てちょっと驚いたが)普通のことに違いないと思う(ようにしたい)。

 子供のころ父が自分の撮った写真を見ながら、風景画を描いているのを見ていたことが接写や模写に抵抗がないことに何か影響を及ぼしているのかな。

 クレーが一度書いた絵を切り取ってある部分を作品にするのって、もしかしたら、トリミング作業のようだし、もしかしたら実景として360度目の前に展開している実景から写真を切り取る行為に近いのかな?とか思いながら絵を見ていた。

 それにしても台風のあとずっと梅雨のように雨が降り続いている。長い雨。

イワナの夏 (ちくま文庫)

イワナの夏 (ちくま文庫)

湯川豊の本は二冊しか文庫にないけど(そもそもこの方は編集者で、作家が主たる職業ではないようので、あまり本は出していないらしい)極上です、この方のエッセイは。