読書


 28日火曜日、夜の6時からU駅近くの中華料理店で会社関連の歓迎会があるというので、早々に社バスで駅に行くと、5時少し過ぎに着く。そこで、時間をつぶすために駅ビルの書店に立ち寄ると、ビブリオ古書堂の事件手帖の第五巻目が山積みになっていたので早速に購入。それだけでは済まずに、これもふと目に入ってしまった長島有の本も買ってしまった。「問いのない答え」という本です。
 それでもまだ5時15分くらいなので、スタバに行ってみる。行ってみてしまえば何かを飲むことになり、ついつい横のケースに目が行き、なかに生クリームが入った甘いドーナッツも所望してしまうのだった。飲んだのはティーラテのラベンダー・アールグレイ。スタバの珈琲ってなんだろうかね、同じ苦さでもすごく美味しい珈琲もあるだろうが、スタバのはどう言えばいいのか、メタルっぽい(笑)苦さで、私にはつらい感じなのです。ある種のロック音楽を頭ではその特徴や新しさを認めても、好き嫌いで言えば嫌いであって、すいませんって感じ。その分、このティー・ラテ類を飲むことにしているのだ。
 それで5時50分くらいまでビブリオを読む。4巻が出てからずいぶん経っているから、こういう「続き物」を読むのに必要な「前回までのあらすじ」を覚えていられない。57歳には厳しい発刊間隔なのである。だから本当に楽しみ尽くす読書が出来ていないのであろうが、でも忘れているから損をしたりしていることが判らないから、判る範囲で楽しければよいということになる。
 こういうエンタテイメント系というのかライトノベルというのか、そういうのを読むことは滅多にないのだが、やはり本の中に出てくる本の傾向がぐぐぐっと触れてくるので、こんな天邪鬼なボクでも、楽しみにしてしまうのであった。変な文章、ボクとか。
 でもって今回最初に出てきたのがR・ブローティガンの「愛のゆくえ」である。ブローティガンは大好きな作家で、とくに学生(大学生)のころに、よく読んだもので、その後も何度も再読している。単行本の「ソンブレロ落下す」だとか「東京モンタナ急行」だとか「鳥の神殿」だとか、結構古書価格が上がっている本が、今も本棚に並んでいる。もちろん「アメリカの鱒釣り」も「芝生の復讐」も。ところが、これらの本がすべて藤本和子訳なのに「愛のゆくえ」だけは青木日出夫訳だった。そして学生時代の若かりし狭量な選択から、なんてことでもないのか、もう不明だが「愛のゆくえ」だけは読んだ記憶がないのだ。
 そんなもんだから事件手帖の5を読み始めながら「愛のゆくえ」を読まねば、とか思った。いや、思ったかどうかもう3日も経っているからわかりませんね。こんな文章を書いていて、なんとなく終わるための「かたち」としてはそう思ったことにしとけば無難です。
 わけがわかりませんね。

 第一のところ、これから中華料理を食べる直前にドーナッツなど食べているという計画性のなさはなんなのだろう。計画性がないということが判っていても、まぁ、食べたいもんですな、ははは、なんとかなるよね、中華料理をあまり食べなければいいんだけど、よし食べよう。
 それでもって中華料理もたくさん食べてしまい、夜が苦しくて眠れない。血圧も上昇。眠れないから、また読書。栞子さんと大輔君の恋愛にはらはらしている57歳は、ちょっとおかしいんじゃないか。

 このカバーのかかった車は、もう何年もここを通ってそれを見るたびに写真を撮ってしまいます。車はときどきどこかに行っていていない。