父の写真


  野口里佳写真展「父のアルバム/不思議な力」は近年亡くなった写真家のお父様の残したたぶん1970年代中ごろのカラー写真のシリーズ(父のアルバム)と、その写真を撮るときにお父様が使っていたというオリンパスペンを使って撮られた新作(不思議な力)からなる展示。「不思議な力」の方は、磁石でこすって磁化させたスプーンとか、表面張力でひっくり返しても水がこぼれないコップとか、プリズム効果でできた虹、あとは結晶化の実験とかなのだろうか、そういう身近に出来る理科の実験をやった主たる結果(成果)のところを接写などを用いて撮影したシリーズでスプーンを持ったりコップを持ったりしている写真家の小さな娘さんやご主人の手や指も写っている。
 このブログを一年かもうちょっと遡ってかいつまんで読んでいただければわかるように、私自身は、2001年のNYテロの前日に亡くなった父が残した、泉屋のクッキーの缶にしまわれた主に1960年代前半のモノクロのたくさんのネガケースを、亡くなって十年以上を経た2011年か2012年頃に(そのきっかけはもう覚えていないが、もしかしたらだけど震災のあとに写真を救うプロジェクトとか家族写真の意義とかを問う文章などが出回ったことでいろいろ考えるところがあったのかな、)ふとフイルムスキャンをしてみたら、当時のアルバムに貼られていない面白い写真がたくさんあることを知ることになり、そのあとニセアカシア4には父の写真だけで作品を載せ、さらに、1990年代に自分た撮った家族写真に1960年代に父が撮った家族写真に共通する視点がある(ような気がする)ことに気が付いて、父と私の写真を組み合わせて提示するCHEST PASSというzineを松本さんに作ってもらい、この夏には大阪で個展も開催した。
 ということなので、もちろんのこと、元々大好きだった写真家の野口里佳が「父のアルバム」というタイトルの写真展を開催するというので、なんというかな「対抗心」みたいな感じもゼロではない心の状態で観にいって、私の父の写真の腕だって決して負けてないぞ!などという低レベルの上記「対抗心」のはけ口のようなことさえ思ったこともここに告白するが、やはりそこに並べられた写真は「父のアルバム」も「不思議な力」も見入ってしまう魅力に富んでいる。不思議な力が、普遍的な理科の実験なのに、そういうことを子供向けの月刊雑誌「科学」や理科の授業で私自身が体験したのが昭和40年代なので、その写真を見るとそういう個人的事情から「なつかしい」という思いが湧くから、私という鑑賞者が1957年に生まれていて上記のようなプライベートな私の父との写真の関係を最近経験しているということの両方から、特別に見えることもあるのだろう「不思議な力」の方もそれが最近作でもあるのに、(自分にとっては野口さんのお父様が「父のアルバム」を撮った1970年ころにそういう実験をしていた小学生もしくは中学生だったことから)それらがいっしょくたになって全部が昭和の頃のなつかしさにくるまれるのだ。こういう風に1957年生まれの私がこの二つの作品を共通の視点で見ることになっていることを野口里佳は「予想もせずに」いるのだろう。なぜなら彼女は1970年代生まれなのだから。
 35mmロールフイルムは撮られた順に左から右へと駒が横に続いていく。ずーっと前に小説家の保坂さんがご自身のHPのBBSかなにかで「時間を図式するとどういうイメージを持っているか?」と問いかけたことがあって、私はそのときは理科系ゆえに当たり前に右に向かうベクトル(矢印)だ、と思ったが、もしかしたら写真のネガのそういう特性が時間とは左から右へ横に流れていく、という、もし図として描くならそう描く、という自分のなかのイメージを決めたのかもしれない。たとえば高木こずえの写真なんかを見ていると時間は堆積している感じで横に流れてはいない。
 そして、私と言う鑑賞者にとって「父のアルバム」と「不思議な力」は、したがってダブルイメージ(多重露出)のように重なりシンクロして見えるのだった。
 トークショーも聞いた。デザイナーの中島さん、写真家の上田さん(以前、上田さんの家族アルバムの写真展を見た時に次々にお子さんが生まれるので一体何人の子持ちなのかと写真を見返しては数えたことがあったのだが、四人だそうだ。奥様はモデル等のお仕事をされていた桐島かれんさんですね)との三人のトークショーだった。中島さんと上田さんは私と同世代で、この二人のやり取りはトークショーにもかかわらず居酒屋の片隅で同世代の仲間が楽しげに話している風で、それが暖かい感じだった。その二人のおじさんに挟まれて野口里佳は溌溂としていて明るい。父の(もしくは師の)遺したネガを時間をかけてじっくりと見ているとそのうちにそれが自分の作品かのような気持ちになっていき境界が曖昧になるという話や、暗室作業は旅のようだ、という話など。
 私は私自身の上に書いたような経験から、トークショー後の質問の時間で野口さんに「野口家特有のなにかを父の写真を見ていて感じたことはないか?」といったことを聞いてみたのだが、こんな場所でほかの大勢の方を前に質問をするのに緊張してしまったな。そういうことはなかったけれどこれからこの写真を元にいろいろと展開するなかでそういうことも出てくるかもしれないですね」といった主旨の丁寧な回答をいただいたような気がするが、これまたすっかりあがってしまってよく覚えてなかったり。