星屑

日曜日は曇りときどき雨だったが夜になって雲の切れ間に星が見えるようになった。数日前に急に思い立って、清里・原村・野辺山高原、あたりの空き室を検索して出てきた中から、料理自慢の野辺山高原のペンションを選び、予約した。四日か五日前まで日曜も月曜の国民の休日も、ともに晴れの予報だったのに、三日前に日曜は雨の予報になり、野辺山高原に行くのならば満点の星を見上げたいものだと思っていただけにがっかりした。「満点の星を見上げ、星の多さに驚く」ことって、私の今の市街地と都会を日常の行動範囲としている暮らしと、同時に裸眼だと0.1以下で眼鏡をかけても1.0に満たないような視力のこともあってか、まったくない。冬になってきて会社帰りに住宅地の屋根に切り取られた空の隙間にオリオンはじめ解りやすくはでやかな冬の星座が見えると、一瞬、日々の雑事を飛び越えた向こうに消えていた、子供の頃の夢見がちな心の持ちようの微かな残り香を嗅いだように思えて二三歩分だけの時間、足を停めたりもする。しかしそのときだって都会の明かりが反射した夜空に見えるのは私の視力だとせいぜい三等星までではないのか。なので、月のない夜空に満点の星屑を見たのがいったいいつだったのか?と振り返ると、一つは約三十年前に友人たちと行った夏休みの蓼科の夜空、そしてもう五十年も前に小学校の五年か六年の頃だろうか住んでいた長屋の前の道で近所の家のおばさんと母が、何があったのか夜遅くまで井戸端会議風に話しているので、なんとなく自分も外に出てみて空を見たらものすごい数の星が満天を覆っていて驚いたこと、以上二つの思い出しか、思い出の引き出しを引っくり返しても当面はその二つしか出てこない。しいて言えば二十年くらい前に頻繁にオートキャンプに行っていた頃によく星が見えた日があったのだが、これらの二つの思い出では私はその満天の星を見上げて何分か何十分かの時間をそのために使ったのに対して、オートキャンプのときはそんな風な星空との向き合いかたはしなかったと思われる。
特に小学生のときの家の前で見上げた満天の星は強く記憶に刻まれているようだ。その日の夜空が、例えば台風一過で特別に澄んでいたからなのか、それとも頻繁に満天に星が見える夜空の現れる日はあったのにその日にたまたまはじめて知って驚いたものだったのか。
ペンションで素晴らしく美味しい季節の野菜や茸をふんだんに活用した、魚と肉の双頭たるメイン二皿をはさみ、デザートと珈琲までのコースをいただき部屋に戻り、目の前の真ん中に高原野菜(サラダ菜のようだった)の畑、右には牧草地かな、左は遠くに数本の杉の木に囲まれた隣家が見えるような窓からの景色を、部屋の電灯は消さないまでもカーテンと窓のあいだに顔を入れてなるべく室内の明かりが反射しないようにしつつ眺めたが夜空にはまだ雲があって星は出ていない。
そこで家族と話したりガイドブックを見て明日はどこへ行こうかと考えたりして時間を過ごす。しばらくしてまた窓外を見る。何回目かで星がひとつふたつだけ見えたから、明るい星なら薄い雲の向こうに見えてきたかな、でも、満天の星とは行かなさそうだな、と思った。しかし、一応外に出て確認してこようかなと思い直した。外に出ると、当然だけど、夜空の様子がよくわかった。全天の半分以上には雲があるがその切れ間にはたくさんの星が見えている。すごくたくさん。雲はすごく速く流れていくから数分で星の見える雲間の場所も動いている。
純粋な天体趣味の方には「雲ひとつない」ことが好条件なのだろうが、こうして旅行の中の時間に、上に書いたような過去のことを思い出したり、家族と一緒に今日のこの時刻まで紅葉を見たり夕食を食べたりしながら過ごしてきた直前の時間も含む今日のことがあったり、そのなかでこうして、ここがあそこにと移り変わりながら満天の星を垣間見せる雲間のある夜空を見上げている、と言うより見付けることが出来ている、この全部がこの旅行の今のところの醍醐味であることは間違いない。私にとっては雲のない夜空ではなく、この夜空が大事なのだった。
部屋にとって返し、カメラを持ち、家族も誘い、それから三十分くらいかなこうしてそんな空を撮ってみた。しつこく外に居続けることはせずに部屋に戻り、風呂に入ってから寝た。
最新のデジタル一眼のフイルム時代からの最大の変化は暗いところが簡単に撮れるってことだろう。星空写真を極めようとするとこんな写真は、ノイズもあるし少しぶれているようだしシャッター速度も不適だしとかいろいろあるのだろうが、まず三脚さえあれば誰でもこんな風な写真まではいとも簡単に撮れるのだ。
撮ってきたデータそのままが上。Photoshopで自動レベル補正をかけたら下の色に劇的に変わった。夜空の見え方をそのまま示すにはどっちが正しいのか?下の色味の方が(写真としては)きれいな気がする。