ハロウィン


1970年代、私は学生で、授業をさぼって、名画座へ通ったり、読書をしたり、深夜ラジオを聴いたり、レコード屋をうろうろしたりして、時間を過ごしていた。テストではずっと授業の出席簿に私の名前を代筆してくれていたN君の字体を真似て回答用紙を書き込んだりしていた。それでもなんとか卒業出来たのだが、これは私の一夜漬け的テスト対応力の成果などではなく、大学と言うか各教授達の判断が寛容と言うのか、適当と言うのか、甘いと言うのか、そう言うことで救われたのだろう。あの頃は、世間の認識としても、大学は入りさえすれば、勉強をしなくても、よほどのドジをしない限り卒業出来るものだ、と思われていたのではないか。それにしても私の授業のサボり方はかなりのものだった。
ブラッドベリ幻想小説は、その頃にたくさん読んだ。いくつかの短編や、長編の「何かが道をやって来る」や「ハロウィーンがやって来た」を読んで、その当時の日本ではほとんど知られていなかったハロウィーンと言う、祭り・・・と言うのか行事かな、のことを知った。
何年か前にお盆の頃に京都に行っていて、伝統行事が暮らしに密着して息づいている「感じ」がわかった。私の父は石川県金沢市の人だったが、私が生まれたのは父の赴任先の舞鶴だったし、私が二歳のときには神奈川県平塚市に転勤した。私は高校生まで平塚で育ったが、その後は名古屋、横浜、茅ヶ崎と移り住み、茅ヶ崎には25年以上住んでいるが、平日は単身赴任先の栃木県にいる。住んでいるのは茅ヶ崎ではマンションの栃木県ではアパートの一室で、茅ヶ崎での近所付き合いも子供が同級生と言う縁で生まれた知人が何人か。今も懇意にしていただいているご家族が少しはあるものの、子供たちが中学を出てしまえば増えることもなく、むしろ減っていく。私のような会社勤めの仕事であって、かつ転居をしていき、積極的に地域の行事に加わる機会も少なく、地域の方もそう言う住民を引っ張り込むこともなく、そう言う結果としては、伝統行事が暮らしに入り込んで当たり前にそこに属する、なんてことを遠ざけるのだろう。即ち社会の、あるいは経済の、成り立ちが変わって・・・・・
まぁ、いいや。こんな分析はそこらじゅうで語られて、うわべでは残念に思われ、維持しようと言う小さな活動が行われたりするが、結局はいかんともしがたい。
一方で欧米の行事だったハロウィーンが、子供たちか仮装して家々を巡りお菓子を貰う、なんて一行要約してしまえば「仮装」とか「お菓子」とか、そこにキャッチーな要素があるわけで、経済効果の発生の可能性は高かった。しかも日本の伝統行事ではないがゆえに日本流に翻訳するときには、伝統の意味などに縛られることなく、経済効果を狙う仕掛けとしてのいいとこ取りが出来るのだ。そこで仕掛けたイベント(伝統行事の名前を借りた経済効果を期待したとにかく人を集めて商売の機会を増やしたいと言う目的のイベント)がここまで一般化するのには、意外に時間が掛かった感さえする。
しかし、こう書いてくると、私自身は今の日本のハロウィーンのフィーバーとさえ言える熱狂に、ひとこと物申すぞ!とか、批判的に捉えているとか、騒ぎに狂騒している若者に呆れているとか、そんな訳でもないのである。これも毎年毎年続けて行くうちに、独自の解釈や消化が行われ、そこから数々の個人的な、あるいはもっと社会的な、何かが生まれたりするんじゃないのか。経済効果を期待した仕掛けと言う成り立ちが、仮に「不純」だと感じても、それさえいつかは塗り込められた独自の伝統行事になっていく、そう言う可能性だってあるじゃない。
そんな訳で写真趣味人としては、渋谷まで出掛けるのはちとやり過ぎな感もあるし、微妙な気持ちだけど、一応なんかやっていそうな勘を働かせて、横浜の野毛辺りに行ってみたのだった。するとのんびりとした仮装パレードがちょうど歩き始めるところ。カメラマンも少なくて。パレードは野毛を抜け、都橋の大岡川(なのかな?)のカーヴに沿った小さな飲み屋がぎっしりと身を寄せあったようなあのビルの前を通って、橋を渡る。するとその先の吉田町?の商店街は、車を通行止めにして車道にもテーブル席を並べ、屋台が並び、仮装の有無に関係なくみんなワイワイ飲んだり騒いだりしている。路上ライブコーナーでは、ちと横浜らしいかな、ブルースが歌われる。ブラッドベリにならえば、この機会に乗じて何かを企んでる輩が、メイン会場を離れた路地裏でひっそりと行動していそうで、そんな気配が漂う写真を撮ってみたいと、勝手に妄想夢想していたが、裏通りに仮装の面々は見当たらずひっそりとしているだけだった。
結局はこんなありきたりの写真を、気が乗らないままに適当に何枚か。こうなると写真など撮るのではなく、誰かと一緒に来て、私もワイワイとこのにわかイベントをたっぷりと楽しんだ方がずっと良さげだ。しかしそう言うことができる性格ではなく、なんだかなぁ・・・つまんないなぁ・・・と、こうなってしまう。
イベント会場を離れるともう仮装の面々は見当たらず、いつもの夜だ。馬車道ディスクユニオンで、ブラームスの「雨の歌」チェロ編曲バージョンと、アル・コーン&ズート・シムズの50年代録音のCDを買う。ディスクユニオンはおじさんを中心にしたいまだデジタルサウンドダウンロードに馴染めない男性の聖地と化していて大混雑。
近くの山田ホームレストランと言う、前から気になっていた昔からあるに違いない洋食屋に入ってみる。ポークソテー定食。これがすごいボリュームで、驚いた。こんなに食べられない!と思ったがスルスルと完食。添えられたトマトの大きいのがこれがまたなんだか「昔ながら」の象徴のようで。
秋が深まっていく。

何かが道をやってくる (創元SF文庫)

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