朝霧の出た日に

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今日も暖かい。暖かいせいか、午前、東京は霧がかかったように霞んでいる。墨田川の周りをうろうろと散歩をする。佃島に渡り、つくだ煮の天安でしじみしらすを買ってみる。1980年代に同じ店でつくだ煮を買ったことがあった。こういう買い物は、いまそれを食べたいという楽しみだけではなくて、懐かしさに押され、時を経て同じ買い物をするという自分勝手な楽しみの実践かもしれないですね。勝鬨橋を渡る。三十年かもっと前、東京ビッグサイト海浜幕張のメッセもまだなくて、大規模な展示会は晴海の国際展示場がよく使われていた。いまは解体されてもうないのか。仕事と関係の深い展示が毎年秋にあって、立ち寄り不帰社で展示会を見学に行くのは仕事とはいえ楽しかったですね。外出は移動があって、そのころ、20代~30代すでに小さなカメラをいつも持ち歩いて街角スナップは欠かさなかったから、その移動はすなわちスナップ時間でもあった。もうはっきり覚えてないけど、新橋か浜松町かから歩いた埠頭から晴海まで10分かそこらで渡る、シーバスのような乗り合い船が行き来していて、それに乗って行ったが、帰りはなぜか歩いてどこかの駅に戻っていた。新富町とかかな、もしかしたら東京駅まで歩いたのかな?その帰り道に勝鬨橋を渡っていたと思う。勝鬨橋の真ん中が跳ね上がる場面が出てくる映画ってなんだっけ?ちょっと調べると1952年の「東京の恋人」と言う映画が出てくるけど、もっとちょっとニューシネマっぽいATG映画であった気がするけど、勘違いかな。

聖路加病院のあたりを通る。ちょうど昼時で近くで働いている人たちが小さなレストランや定食屋や中華料理屋のランチを食べるためにビルから三々五々出てくる。彼らのあとにくっついて行けばどこか美味しい店を教えてくれるだろうか、と思い、ちょうど目の前を歩いていたOL(なんていう言い方はまだあるのか)二人組のあとを歩いたが、すぐ近くのコンビニに入ってしまった。

いちど、ホテルに戻って昼寝をしたり、昨日見た映画「スパイの妻」のノベライズ本を読んでみる。最初に原作があってそれから映画が作られたのだと思いこんで買った本だったが、映画から小説を起こしたということだとすると、映画と小説の「差」はあまり期待できないのか。映画を観てよく判らなかった、どう理解すればよいのか不明だったところがあって、小説ではそこがどう書かれていたのかを知りたいという気持ちがあったのだが。と思って、ずっと読んで行ったら、終盤になって、けっこう映画と小説で話が違ってきていて、読了後には本は本で映画は映画でなかなか面白く、満足できた。

夜、知人に教えてもらったカレーの店に行ってみる。一人で黙々と食べる。店にはほかに一人も客がいなかった。チキンカレー+チーズトッピング。

サイモンとガーファンクルのボクサーの歌詞に、ニューヨークの冬はきびしい、と言う一節がある。サイモンとガーファンクル、私が高校生だった頃には、深夜ラジオでよく「サイモンとガーファンクル特集」があった。年に二回くらいはあったのではないか。ビートルズと双璧といった感じだった。いまはサイモンとガーファンクルを耳にする機会も減ったと思う。あの頃、その歌詞の一節から、歌詞全体の和訳は読んだことがなくて、ただその一節から、きっとこの主人公はニューヨークと言う都会に一人でなにか夢を持ってやってきてだけどそれがなかなか叶わずに、だからニューヨークの冬の寒さが、気温といった定量的なことではなく、身に沁みた、といった物語なのだろうと思った。思ったというより勝手に決めつけていた。英語の歌詞はほとんど意味が不明のまま聞いているから、かえって歌われていることを妄想というか想像してしまう。判らないから(現場にいないから)想像する、その想像はたいてい、ある思いを先鋭化してしまうかもしれない。高校生の私はこの自分勝手に作り上げた想像から、この曲を聴くたびに、まるで映画のように一人の若い男が摩天楼の町で背中を丸めて向こうへ歩いて行くような場面を浮かべていた。

まるで初秋のように暖かい東京の町の夜、繁華街でなく、思いのほか静かで人通りのない町を適当に辿りながら、なんでだろう、もうずっと忘れていたこんなことを思い出したから、ボクサーのメロディをちょっと掠れた口笛で吹いてみたりしたのだ。

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