そういうもんだな

 夜にふらりと寄って、小一時間を過ごして、一日のことを思い返したり、明日のことを思ったり、いや、今日一日のことも明日のことも忘れて、なにかに思いを馳せたり夢想をする。さらには何も考えずに、たまたまそのときに店に流れている音楽に耳を傾ける。ときには同じ店内にいる誰かと誰かの会話から聴こえてくる単語をきっかけに思い出に浸る。長居はしないようにしよう。

 それが望みだったことはないのに、店に通ううちに同じようによく来る人がいることを知る。最初は、またあの人がいるな、と思うだけでとくになんということもない。ある日、店に流れていた音楽・・・例えば、70年代のジョニ・ミッチェルの曲はどうでしょうか・・・の曲についてその人がマスターになにかちょっと言っている。「僕も若い頃にこの曲が好きだったな」と思うが、そんなことを言う訳もない。だけど一年か二年経って、季節が回り、その間にそんなことが五回くらいは起きて、あるとき、それはジョニ・ミッチェルではなくて、千賀かほるかもしれない、とうとうちょっと会話をする。だから顔を知っている常連の他人から、知り合いに変わった。

 知り合いに変わったからそれはそれでとても良いことではある。だけど店の位置付けが変わってしまった。また誰も知り合いのいない、ひとりだけの時間が過ごせる別の店が欲しいものだと思う。

 そういうもんだな、なにごとも、と思う。