車のいない交差点

 友人のH君は、山陰を旅しているらしい。彼のことだ、行く土地土地の名物料理で地酒を飲み、埋もれつつある物語に耳を傾けてくることだろう。友人のAさんは北陸へ旅に出るそうだ。雪見の温泉にゆったりと浸かるのか。来週には数年に一度の寒波が日本列島を覆う予報が出ている。真冬の旅にみんなが駆られている。

 私はと言えば、目下どうしても行きたい旅先の町の名前が浮かばない。どうしたものか?そういえば、どこかに大きな大きな、倉庫のような古本屋があって、そこへ行ってみようと思ったことがあった。もう十年かもっと前にそう思った。あれは石川県だったか富山県だったか。大学生のときには、四年で卒業してそのまま企業に勤めることから逃げたくなり、それで思い浮かんだのが、沖縄へ行ってサトウキビ畑で一年働いてみようかな・・・という計画だったが、実際にそんな勇気もなく、四年で卒業して就職した。

 1980年代の冬の金曜日、会社には何台も貸し切りの大型バスがやってきて、部や課の単位で大勢が定時後にバスに乗り込み、翌朝到着の深夜急行バスでスキーに行っていた。そういう会社の泊まり旅行なんて、最近は皆無になった。風前の灯だったものがコロナにより完全に消えた感じ。

 まぁでもね、神奈川県や東京都にも、行ったことのない場所はたくさんあって、行ったことのない初めての場所を歩くのは面白く、それは旅の気分にも近い。いや、そうではなくて・・・初めてじゃなくて、生活圏内であったとしても、日常のありふれたどこか、誰もそこを撮らないどこかにカメラを向けて、その写真を誰かが見て、

「ありふれたあそこなのに、とんでもなく魅力的なあそこに写っている」

とそこに実際にいるときより、写真で再提示されて初めて鑑賞者が心を動かされるような写真が撮れるようになればいいな、と思います。そういうことがいつでも出来れば、その人はいつだってどこだって、心の中は旅の先での好奇心があるに違いない。

 写真は横浜駅から少し歩いた交差点。最近撮った、というか「撮れた」写真のなかではけっこう気に入っている写真です。気に入った写真が撮れたときは旅をしている気分。