雲に隠れた向こう側では

 小学生の頃に、月がいつも同じ面を地球に向けていて、その裏側は地球からは見えないことを知ってとても怖くなった。自転1回が公転1回と一致しているとそうなるんだな・・・(と、いま頭の中で復習しました。)怖くなった理由は、月は宇宙人の前線基地に違いない、と思い込んだからだった。地球から見えない裏面に発着基地や地底都市への入り口があり、着々と地球攻撃のための準備を進めているんだろう。そしてその様子は地球からは偵察できない。もしかするとその宇宙人は地球の天気も制御しているんじゃないだろうか?厚い雲を発生させて月を地球の地上からは観察不能にしておいて、どうしても必要な月の表側の活動を行っているんじゃないか、と。しかもこの思い込みに基づく恐怖からは、もう本当にその自分で考えた説をすっかりそうだと信じ込んでしまい、簡単に抜け出せず、数週間かひと月くらい続いた。いままでに「一番長く続いた」恐怖の期間だったかもしれない。

 いや、もっと幼い頃のこと、幼稚園生だったころか、自分の首や手首の血管が脈を打っていることを、教えられないまま自分自身で気が付いた。このときも怖かった。じつは父に「人には心臓が複数あるか?」と聞いたのだ。脈がひとつの心臓の鼓動が伝わっているなどとは思わないから、手首にも首にもそれぞれ心臓があると思い込んだのだ。人には心臓が一つしかないという父の答えを聞いて、絶望した。自分だけ、身体が異常だと信じたのだ。

 低く垂れこめている雲を見ると、あの雲を隠れ蓑にして、その向こうでなにかが起きているんじゃないか?と漠然と不安に・・・いまはそんなことは思わないが・・・思う「感じ」は大人になってもしばらくそうだったかも。雲の向こうで風神雷神が飛び回っているんじゃないか、などと。