理由がわからないが、男は波打ち際を歩く

 波打ち際を一人の男がさっさと真っ直ぐ歩いて行く。目的地がはっきりとあって、だけど海に沿った国道の歩道を歩くのではなく、ほんのちょっとの冒険心か、ほんのちょっとの遊び心か、波打ち際を行くことにした。彼の心をこんな風に想像してみたけれど、違うかもしれない。冒険心とか遊び心と意識はせず、なんとなく歩いてみたかっただけだろうか。いずれにせよ、波打ち際を一人で真っ直ぐ歩いて行く人をときどき見かける。大抵は中年の男性だ。一度など、上下揃いのスーツにネクタイを締め、革のビジネスバッグを右手に持った、ビジネスシューズの中年男性が波打ち際を急いで歩いているのを見たこともあった。もしも自分が、仕事で訪れる客先オフィスまでの道筋が海沿いの国道を歩く経路となっていて、時間にちょっとだけ余裕があったら、こんな風に波打ち際を歩いてみるだろうか?靴に砂が付くことを嫌う・・・というようなくそ真面目な理由で、そうはしないんじゃないかな。小心者だろうか?もし帰り道であれば、そういう寄り道もするかもしれないが、でも帰り道だとすると、もうさっさと真っ直ぐ歩く必要もない。

 あ、でも往路でも、海が見えたときに、その海を撮りたいなと思ったら、波打ち際を歩くだろうな、私だったら。さっさと歩きながらも、一瞬立ち止まってはシャッターを押すんだろう。

 この写真の男も、以前見たスーツ姿の男も、なにか「写真を撮る」ではないけれど波打ち際を歩いて行きたいそれ相応の理由を持っているのかもしれない。

 それはなんだろう?砂浜にオフィスがあれば出勤のためにそこで働く人はさっさと砂浜を歩くんだろうな・・・でも砂浜にオフィスは、大抵の場合はない。でも男はときどき歩いている。その理由をうまく思いつけば、洒落た短編小説になりそうだ。