雨宿りの珈琲

 ある雨の日、小屋と呼ぶ方が似合いそうな小さな小さな珈琲の店の灯りを路地の奥に見つけて、雨宿りにと入ってみると、予想外に大勢のお客さんがいてそのほとんどが外国から来てる観光客だった。英語もフランス語もどこの言葉か私には判らない言語が飛び交っていて、店を、いや、小屋を切りまわしている男性はメニューを指で示しながら、そのメニューには英語の説明も書いてあるから、なんとかカタコトでやり取りをしては凄い速さで注文を捌いていて、窓に沿ってベンチシートがあるけれど、L字のカウンターには椅子はなく立ったまま飲んだり食べたりするようで、ちょっと空腹だったのでそれしかお腹に溜まりそうなものはないから・・・さすがにケーキで空腹を補うっていうことはしないので・・・サンドイッチを頼んだら、ソーセージにザワークラウトが挟まったホットサンドで、とても美味しいのだった。珈琲はエチオピアにした。カウンターの上にいくつかあるライト、昨日に引き続いてまたライトの話になっちゃうけれど、のひとつがちょうど珈琲に映っている位置から、写真を撮ってあり、撮ったときにそんな風にそこにライトが映っていることには気が付かなかった、というか意識的ではなかったのだが、あとから写真を見返すと、なんだか珈琲の中で満月が揺れているみたいだと思った。私の横に立って珈琲を飲みながら一つのケーキを二人で食べていたフランス人のカップルは、ときどき指と指を絡ませていたが、なにも話さずにいた。あとから来た小さな男の子、三歳か四歳でずっと手元のゲーム機で遊んでいる、を連れた共に背の高い夫婦はとても疲れた様子だったが、たまにひとことふたこと話し、そのうち微笑みが生まれ小さな休憩が出来た様子だ。

 そのうち客足が途絶え、忙しそうな波がすーっと引いて行き、フランス人らしい恋人たちが店を去り、じきにわたしも店をあとにする。軋むドアを開けるときに店主の男性が丁寧に、ありがとうございます、と言うから恐縮してしまう。外に出たら雨が少し小降りになっていたが、まだ傘は必要だった。

 そう言えば店内ではLPレコードが回っていた。さっきまでその曲のリズムに合わせて自分の足先を動かしていたのに、店を出てすぐにどんな種類の曲が流れていたのかすっかり忘れている。