夜の飛行場

 夜の飛行場には雨が降っている。予定より30分着陸が遅れた飛行機から、一分一秒を争うように慌ただしく乗客が降りていく。急ぎ足で到着ゲートに向かう人たちの波に乗るように、彼も速足で歩いた。12番のバス乗り場で時刻表を確認すると、バスは出発したばかりで、30分以上待つことになった。もう空港内のショップはおおかた店を閉めている。軽くなにかを食べたいなと思うが、開いている店が見つからない。コンビニエンスストアなら開いているが、おにぎりかサンドイッチを買ってバスのなかで食べるのは気が向かない。彼はエスカレーターに乗って上の階へ上がってみる。天婦羅の店も寿司店もとっくに店じまいしているが、エスカレーターは動いていてさらに上の階に彼を誘う。エスカレーターは彼を飛行場を展望できるフロアに運んだ。照明を落とした暗いフロアに目を凝らすと、窓際のベンチには何人かの人がいて、飛行場の誘導灯やそれに従って離着陸していく旅客機を雨粒が付いた窓越しに静かに眺めている。いま帰ってきたばかりなのに・・・ふと彼は思い出す・・・旅に出るなら夜の飛行機、と歌われた曲を。外は雨が降り続いている。だから誰も展望デッキには出ていない。それなのに、彼は外に出てみようと思い立つ。傘をさしても、たいして雨を避ける効果はない。風は、横から雨を吹き付け、散髪してそれほど日を経ていない短めの髪さえ、乱していく。だからデッキには長くはいられない。彼はすぐに引き上げる。乱れた髪を指で直す。腕時計を見る。まだ少し時間があるけれど、もうバスの列に並んでしまおう。そう決めて下りのエスカレーターに乗った。雨粒がふたつかみっつ、眼鏡に付いている。エスカレーターを降りきるまでに、左のポケットからハンカチを取り出して、眼鏡のレンズを拭いた。短い時間デッキに出て風に吹かれて雨に少しだけ濡れた。それだけのことなのにすこし気持ちが高揚した。