思うこと

 少し前の雨の日に書いた創作のようなものです。

 雨が降る。まだ午後3時なのに、そして日が長い季節なのに、薄暗い。大学の図書館の窓から漏れる蛍光灯の白い光すら、人懐かしさを呼ぶ。隙間がところどころ不均一に降ろされているブラインドのある窓に、背景の大きな欅が反射して映っている。気温は真夏ほど高いわけでもないが、歩いて来た背中には汗がすーっと流れていく。こういう午後に、靴に雨が浸みて来ないよう、水たまりを見極めては避けて歩きながら、そう、こういう午後に、あることを思う。部外者が見学のために敷地内を歩くのは構わないが、建物には入らないでくれ、と守衛の不機嫌な男に言われた。だから生真面目に図書館には入らない。守衛がいない別の入り口も開いていて、そこから入って来た部外者がなにも言われないまま、ときには図書館にも入って行くようだ。すこし、ほんのすこし、損をした気分になる。図書館には専門書ばかりがあるのだろうか?それはそうだろう、大学の図書館なのだから。立ち止まったのは、少し水分を取ろうと思ったからだ、傘を左手に持ったまま、背負っていたデイバックの左の肩ひもを外して、右ははずさないままに、バックを身体の横まで回してきて、中に放り込んであったペットボトルの無糖紅茶を出す。蓋を捻ってあけて、一口だけラッパ飲みをする。傘がぐらりと揺れて雨粒が眼鏡に一粒落ちた。再び左の肩にもひもを掛けながら、またも同じことを思う。図書館を回り込んで、いまは営業していない学生食堂の方へも行ってみる。もう営業時間を過ぎている食堂。入り口のドアには鍵がかかっている食堂。掌を庇のように目の上に当てながら窓から中を見る。学生も料理人も、誰一人いない。誰もいないのに、冷房装置が切り忘れているのだろうか、それともどこかから風が入り通って行くのだろうか、掲示板に貼られた大きな抽象絵画の、オレンジとライムグリーンの四角形が描かれた絵のポスターが、ゆらゆらと動いている。四隅の画びょうのうち、右下の画びょうが外れているようだ。その揺れるポスターを見ながら、同じことをまた思う。踵を返し、入って来た守衛所の方へ歩くと、途中でこちらを睨んでいる黒い犬を見つける。犬もこっちを見ている。あの犬が吠えてきたらどうしよう、犬は概して苦手なんだ。噛まれたらどうしよう・・・だけど犬はぷいと向こうを向いて歩いて行った。誰の犬なのか、いまはもうむかしのように野良犬なんか見なくなったな、と気が付く。安堵して歩きはじめたときに、繰り返し同じことを思う。

 さて、こういうときに繰り返し思うことはなんだろう?バネのきしむ喫茶店で、トーストをかじりながら、朝刊をひろい読む、そんな午後に。