書店の魔法

 土曜日、鎌倉駅近くを歩いていて、週末のみ営業しているという、古いアパートの一部屋を店舗にした古書店に寄ってみた。玄関で靴を脱いでスリッパに履き替える。アパートは二階建てでたぶんワンフロア三部屋。住居として使っている方よりも店舗にしている方の方が多いようだ。南に面したサッシの窓からほとんど手入れされていないアパート一階の人共用の?庭が見える。夏の午前の日差しが照らしている緑は、雑草だらけの庭でさえ輝いてみせている。その庭に面して三人くらいが並んで座れる明るいブラウンの革のソファーが置かれていた。そこに座り、書棚から抜いた本を捲り、ときどき庭を眺め、気に入ったら買うし、買わずにまた別の本を選ぶ、でもいいのだろう。客は私ひとりきりで、店主はもとは台所だった狭いスペースに収まり、ネット販売サイトの仕事だろうか、熱心にモニターを眺めたりキーボードを叩いたり始めている。読みたい本を求めて古書店に行ったって、そう簡単に読みたい本が待っていてくれるわけがない。古書の膨大な冊数の海から店主の嗜好で?あるいは嗜好とはちょっと違うなんらかの選択で並べられた本たち。古書店では一期一会のそんな本をひとつ選ぶ楽しみがある。久世光彦著「昭和幻燈館」、1985年頃から雑誌ブルータスに連載され、1987年に本にまとまったらしい。当時、ブルータスをけっこう買って読んでたけど、この連載は読み飛ばしていたのだろう、なにも憶えてないです。

 その一冊を買い、バッグが膨らむ。丸七商店街のなかの肉屋で、コロッケやメンチカツを買う。デジタルで250枚の写真を撮り、フイルムで36枚の写真を撮った。

 書店、新刊の本の店でも古書の店でも、なにも読みたい本が見つからない店と、次々見つかる店がある。こちらのコンディションとも関係しているのだろうが、店の雰囲気ともおおいに関係している。読書欲をすごく刺激されてしまうと、店にいるときは読んでみたい!と思い講談社学芸文庫の難しい本を買ったり。ところが帰宅すると、なんでこの本を買ったんだっけ?ということになる。

 こういう魔法をかけて来るような本屋はいい本屋。

 以下は文庫ですが買ったのは晶文社の単行本でした。サイのマークの。