隣の写真

 以前、この上の写真のひとつ前かひとつ後に撮った写真を載せたものを再度載せるのが下の写真です。下の写真は、上の真ん中で写真を撮ってい後ろ姿の方の被写体になっている女性が右側の座っている女性の影に隠れたのか写っていない。そして真ん中の人ももう写真を撮っている姿勢ではなくて、ちょっと後ろ脚に重心を置いたような姿勢で一人で海を眺めているのかな?と思わせる。実は以前に、下の写真を選んだあとに、真ん中の人が同行者を写真に撮っているところ、ということはすっかり忘れてしまっていたので、この人は一人で海を眺めにでも来たんだろうなと思いこんでいました。たまたまHDDに以前に撮った写真を見に行き、この隣の写真を見つけて、いまさらながら、そうだったんだぁ・・・と思いました。

 そうだったんだぁ、と思うということは、心のなかにちょっとだけさざ波が起きたということでしょう。なにもさざ波が起きずにいるより、そういう風に、へぇ、でも、ふーん、でもいいけどさざ波が起きることは大事なんだろう。そう考えると、写真をたくさん撮ってあって、それを数か月、数年、十数年、数十年、たって見返してみる、という行為には、面白さがあるし、きっといいことなんだろうな。でも見たくない写真が現れて記憶をほじくり返され嫌な思いをする可能性もあるわけだ、それも含めて、さざ波や大きな波が心に起こる可能性があります。

 でも写真としては、この上の写真より、中央の男性が一人に思える下の写真の方がいいように思えます。写真が虚実入り混じり、フレーミングによってだまし絵になるということがわかります。

 これ11年前の11月、晩秋の海です。この場所は2011年4月に亡くなったエッセイシスト、小説家、アーティストだった永井宏さんがブログ(だったかな?)に紹介していて知った場所で、最近はコマーシャル撮影などにも使われているようですが、素敵な場所があるものです。