高架下の飲食街

 先日、新橋から有楽町まで、JR東日本東海道線京浜東北線や山手線の線路の高架に沿って歩いていたら、以前は古めかしい高架下通路があった場所が、ずいぶんきれいに整備されていろんな飲食店やショップが入っているのに気が付いたから歩いてみました。そういえば、数年前にこの場所のことを聞いたことがあったな。数年経ってはじめて来てみたってことなのでしょう。いくつかの県のアンテナショップも入っていた。

 ガード下の店といえば、この新橋から有楽町ではなくて、有楽町から東京駅のあいだだったと思うけれど、赤瀬川原平さんのエッセイにアジア系の(・・・タイだったか台湾だったか覚えていない・・・)飲食店に行く話があったと思います。1980年代か90年代に、そのエッセイを読んで行ったことがありました。あのエッセイに描かれていた店は、ぐっと庶民的で、ちょっと本当にアジアのどこかの国の地元の店のようで、ガード下の秘密基地感覚もあり、ときどき通る電車の音がよいBGMになって気分を盛り上げ、最後はみなで(その日にたまたま知り合った人たちも一緒に)わいわい盛り上がった・・・という内容だったろうか。十年以上も読んでないまま、確認もしないで書いているので、ぜんぜん違っているかもしれませんが。そういう「昭和」「場末」感とは程遠い今風の高架下でありました。

 いま調べたら、2020年に「日比谷OKUROJI(オクロジ)」という名称でオープンした場所だそうです。

 と、ここまで書いてきて、上に書いた「程遠い」と決めつけるのはどうなんだろう?と思いました。時間が経過して人々の暮らしの標準的な考え方や、標準的な行動や、標準となっている暮らしのための機器が変わっていても、それはまずは表層で、そこからどこまで深いところまで変わっているのかは見えませんね。もしかすると、ちょっとだけ表面を掘ってしまえば、意外にすぐ、変わっていない気持ちや考えが出て来るんじゃないか?勝手に「程遠い」などと決めつけてしまうのが、そもそも偏屈じじい的な発想かもしれないな。だって総じてしまってこんな総括めいたことを書く一方で、私自身だって、入社してくる一人一人の若者と知り合っていけば、みないい奴だもんな・・・失礼しました。