緑のコート

 京都のとある日の夜、一人、さて何を晩飯に食べようかと、場末のホテルまでのあいだ二条通あたりを西へと歩きながら思案して歩いた。少し前に車が一瞬途絶えたカーヴのところで二人の女性が手をつないで速足で道を渡って行った。一人はコートの緑色がきれい。

 もう少しくすんでいるが、私もこんな感じの緑のコートを持っている。真冬ほどには寒くない、だけどちょっと一枚薄いコートを羽織っていたい。そんなときに着る緑のコート。もう五年前に買ったコートだ。だけどそういう「季節の変わり目」に着るコートを実際に着る日々は短いものだ。とくに今年のように11月になっても夏のような日がやって来るような陽気だと、なかなか着る機会がないようだ。

 だけど明日の木曜日くらいから少し寒くなって来るらしい。こんなに暑かったのだから、それを歓迎すればいいものを、やっぱり寒くなるのは嫌だなあ、などと思っている。

 好きな色はなに?と子供に聞くと、みんなワイワイと、大きな声で主張する。青や赤や黄色や……。やがて大人になると、そんな思いも分散してしまい、そのときどきに合わせて、あるべき色、着るべき色、そこに合う色、が、状況に応じて異なって浮かぶ。だけど心の底流に好きな色を明確に持っているのか、何も持ってないかは人それぞれなのかな?私はもはや好きな色など持ってない気がする。

 1977年か78年だったか名古屋の栄のあたりにある公立美術館、市立か県立?で、メキシコの画家タマヨの展示を見たとき、中のひとつの作品に二つの濃い緑のコップを描いたものがあり、あの緑、濃いけど透き通る緑にすっかり魅了されてしまった。展示期間にその絵だけを観に3回か4回、通った。過去に、あれだけ色にのみ惹かれて、繰り返し色を観に行ったことは、他にはないな。

 だから強いて言えば私は緑が好きなのだろうか?だけど持っている、例えばセーターに緑は一つあるかないか……黒は多いのに。上記の緑のコートくらいしかない。

 何度も観に行ったタマヨの絵は、買った図録ではモノクロでしか収録されていないから、もう記憶の中の緑の色だ。