爽やかに見えるスケボ

 さきほどからテレビでパリオリンピックスケートボード女子ストリート予選というのをやっています。スケートボードを実際に見に行くこともなければ、テレビでもオリンピックのときしか見ないです。それに、テレビの音量も落としてしまっているのでルールの解説も、演技への評価も、よくわからないですね。それでも、長い髪の、平均年齢で16歳くらいかな、多くはシンプルな白いシャツに黒いパンツをはいた少女たちが、競技をしているのを見ていると、実際にはオリンピックの大舞台なのだから、ここに到るものすごい努力があったうえで緊張に晒されているのかもしれませんが、それでも、どんなに暑い夏にいても、彼女たちは陽射しの中で、この夏を味方にして、今この時を楽しんでいる、そういう爽やかな印象で気持ちいいですね。順位を争っているんだろうけど、自分の演技を見て!という純粋な気持ちが伝わりますね。 

 

 以下はまたもや写真の話なので、ご興味ない方はスルーしてください。

 写真は先日の猛暑日の銀座三丁目です。歩行者天国。手に入れた1960年代前半の50mmF1.4のレンズを開放絞りにして撮っています。考えてみれば、こういう快晴の日の路上スナップを開放で撮ることは、普通じゃない。このレンズが登場した1960年代のカメラのシャッター速度の最高速度はだいたい1/1000秒で、フイルムはいまでいうISO、当時のASAが100が基本だったから、F11の1/250秒という感じ、ここからシャッター速度を1/1000秒にすると、二段分絞りが開くので、F5.6です。なので、当時、こういう晴れた屋外でF1.4で撮影することは、まず露出オーバーになってしまい「できなかった」ですね。もちろんすごくそう撮ることに意識的になっ、わざわざNDフィルターを被せれば出来たかもしれないですが。

 そしてF5.6であれば、こんなに柔らかな、白日夢を写したような写真にはならず、もっとちゃんとしゃきっと写るわけですね。したがってこれが当時の写真というわけではない、ちょっと意地悪な、あるいは現在だからこそカメラの最高シャッター速度が1/8000秒あるいはもっと高速になったからはじめて写せるようになった、新しいオールドレンズを使った表現とも言えるのかもしれないです。

 こういう写真を撮るときには、F1.4開放で一コマ撮り、そのあと、カメラを構えたまま、なるべく急いで絞りリングをF5.6くらいまで回してもう一枚撮ります。こういう(上のような)白日夢風を撮ればそれで良し、とする踏ん切りがつかない感じで、しっかり解像したしたもう一コマも抑えておきたい、という思いがあるのです。ところがその連続した二枚のあいだで人の位置が動いています。そして、その人の位置は、一枚目が良くて、二枚目はおさまりが悪いのです。すなわち一コマ目を撮るときはちゃんんとファインダーのなかで人の位置を見ていて、おさまりのいい感じのときにシャッターを押している、そして二枚目はしゃきっとした予備的一枚を抑えておきたいという意識だからなるべく早くもう一枚撮っている、だから人の位置に意識的ではないのです、それがすごく大きな違いに見えるのです、それがちょっと驚き。この上の写真に関して言えば、人の位置関係はけっこう良い方だと思います。次に一秒か二秒後に5.6にして撮った写真があるわけですが、人の位置関係はだいぶくずれてしまっていました。すなわち路上スナップにおいても光景は目まぐるしく変化していることがよくわかります。