ゆうたたちの真夏

 久しぶり、二年振り?創作ショートショートです。

 

 ゆうたたちの真夏

 

 柘榴の枝の影が揺れる、都会の小さな公園は、ビルの隙間の三角形で、山吹色のペンキで塗られたベンチがある。8月のはじめ、気温は36℃の昼下がり、ゆうた1とゆうた2がベンチに座り、コンビニで買ってきたアイスクリームを食べている。ふたりは高校の同級生だった。クラスに男が17人いて、そのうち5人もゆうたという名前のやつがいたので、ゆうた1からゆうた5まで番号が付けられていた。十年たって、ゆうた1はゆうた3から5までと会うことはもうない。ゆうた2はいまも友だちだ。ゆうた2も同じく、ゆうた3から5と会うことはもうない。

 1は公園のすぐ前にある雑居ビル一階の古着屋でバイトをしながら、ハンドパンのストリートミュージシャンをやっている。幻のストリートミュージシャンと言われているのは、気紛れにしか演奏せず、それも稀だからだ。空の様子が気に入ったときに演奏したくなることが多いかな、と1は誰かに聞かれると答えている。だけど実際には、お金が足りなくなったときに演奏することが多い。演奏と引き換えに得た数千円で、ゆうた1は家の近くの大衆中華の店に行く。そしていつもの炒飯と餃子ではなく、餃子とレバニラ炒めでビールを飲む。最後に半チャーハンを頼み、特別に、なにしろゆうた1は長年その店に通う常連だったから、その半チャーハンにたくさんのキムチを添えてもらう。でもキムチのせいで、ビールをもう一本頼んでしまうこともある。ゆうた1の家はここから電車で十駅西に行き、駅前からすぐに始まる緩い坂道をしばらく登ったところにあるアパートの二階だ。中華の店は坂の途中にある。赤い暖簾が掛かっている。ゆうた1に恋人はいないから、中華を食べている最中にラインを気にすることもない。むかしながらの小さなテレビがカウンタの上に置かれていて、いつもNHKテレビが映っている。

 ゆうた1がハンドパンで即興曲を演奏するとき、出て来るメロディーは古い童謡を思わせる。立ち止まる人たちは、ゆうた1から出て来るメロディーを聴いて、きっとなにかを思い出している。そこに夏の夕方の風が吹き抜けていく。少しの立ち止まったひとたちの、向こう側や手前を、立ち止まらない人たちが歩いて行く。ゆうた1はそれが今のこの瞬間の都会の景色だなと思いながら使う音を高音へと動かす。

 ゆうた2は公園から百メートル弱向こうに見える新しい高層ビルの三十何階にある外資系の投資会社でコンサルタントをしているから、給料はずいぶんと高い。ゆうた1のように小遣い稼ぎをする必要はない。恋人とは少し前に別れた。恋人はゆうた2がすこしだけお金持ちで、どこへ行くにも平均以上の贅沢が出来ることに、無意識的かもしれないが、居心地の良さを感じていただろう。かといって、ゆうた2はそこに不満があったわけではなかった。では別れた理由が何だったのかをゆうた2はうまく説明できない。昔からよく聞く、彼女じゃなくてはダメなんだという気分が薄れたってことかもしれないが、では付き合いはじめた最初の頃に、彼女じゃなくてはダメだと感じていたのかどうかはもうわからない。

 そのゆうた2は、古いカメラ用レンズを安く買っては修理をして、少し高い値付けにしてオークションサイトで売ることがある。15000円で買ってきた60年代に製造されたピントが合わなくなったレンズを修理して35000円で売る。修理を待っているジャンクのレンズが五本溜まっている。小さなマイナスビスの形を傷つけないように注意しながら、精密ドライバーを回すときに息を止めている。無理はしない。回らないときには焦らずに、いちどドライバーを外して、さてどうしたものかと考える。潤滑油を少し垂らそうか、それとも何度も力を加えていれば、あるときふっとネジが回るだろう。その瞬間を待とうか。中央高速道路の渋滞がある場所から急に解消するときのように、急にネジが回り出すことがあるのだ。その瞬間が来るとゆうた2は微笑む。誰も見たことがない、別れた恋人も知らない微笑みだ。ゆうた2は、会社から帰った夜10時に自炊をすることもある。一昨日は、ゴーヤチャンプルーを作った。作りながらスマホからブルートゥーススピーカーに音声を飛ばして、少しいい音で大橋トリオを聴いたりもする。恋するライダーと言う曲に合わせて小さな掠れた声で口ずさむ。先日、なぜか急に、いや、ゆうた2の指がスマホのガラスの上をすっと誤って滑ったのだろう、NHKラジオがニュースを伝えるのが聞こえてきたから、そのときだけはニュースを聞いた。ゴーヤは会社で同じ課にいる、ピンクの髪の女の子からもらった。

 三角の公園のベンチにゆうた1とゆうた2が座っている。ゆうた1が暑くて夜中に起きてしまうと言う。いくら寝ても昼過ぎは眠くて仕方ないとゆうた2が言う。その公園から見上げたビルのあいだの空、高い湿度をはらんだ35℃を越える空気の向こうに滲んで、旅客機が飛んでいく。飛行機がぼんやりと飛んでいるように見えるのも、都会の排熱が溜まった、繰り返すが、不透明で白っぽいもやもやした空気のせいだろう。

 口には出さないが、ゆうた1は姉の息子、まだ四歳の甥のことを考えている。あいつが大人になったときに、強制的に人生を指図されるような、戦争のようなことが起きてしまい、自由ってものが制限されるかもしれない。そんな風になっていてはダメだよな、と思う。だけどじゃあどうすればいいか、わからないな、とゆうた1は溜息をつく。遠い国の戦争のニュースを中華屋のテレビで見て、理不尽に親族の命を奪われた初老の女性の嘆きを聞いた。そのとき焼き餃子が熱くて口の中を火傷した。今日もまだ治りきっていないな、と舌先を上あごに這わせる。

 ゆうた2は考えている。彼の場合は甥ではなくて従姉妹、かわいい五歳の女の子のことを思っている。彼女は大きくなったらお母さんになると言っていた。その夢がどう変わるのかは判らないが、人の夢っていうものはなかなかその通りに実現しない、そう思うと悲しくなり、溜息をついた。すなわち、ゆうた1とゆうた2はほぼ同時に溜息をついたのだ。先日聞こえてきたラジオのニュースで、ゆうた2が聞いたのは、もうすぐ大きな地震が来るかもしれないというニュースで、その根拠を学者が話していた。誰かを救いたいな、とゆうた2は唐突に思った。いつどこで誰をどんな状況のなかでどうやって救えるのかなんて、なにもわからないし、なにも準備していないのにもかかわらず、そう思った。

 もうそろそろ時間じゃね?とゆうた1が言い、ゆうた2が、しゃあないから行くか、と答えた。そして、ゆうた1は古着屋へ戻った。ゆうた2はあの高層ビルへ、会社の入っているビルに向かって炎天下の通りを歩き始めた。